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沖縄県

陰たる女(いんたるおんな)とはどんな妖怪か|姿と伝承

陰たる女  / インタルオンナ

人型の妖怪 各地の伝説

沖縄の話。失踪して七年後に現れた妻は、綾羅錦繍をまとい、上に藻を覆っていたという。

陰たる女とはどんな妖怪か

陰たる女は、七年後に戻った妻です。沖縄県の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、西田直養筱舎漫筆」(『日本随筆大成第二期』吉川弘文館、1974年)を典拠に、引用文献を『琉球神道記』として、棚晴という所にすむ肝煎棚晴頭の妻は、失踪して7年後にまた姿を現したと記します。

身なりが行き先を示します。

彼女は綾羅錦繍を身にまとい、上に藻を覆っていたというと結ばれます。

この図鑑にはものをいう魚(沖縄)も収めています。

陰たる女の漢字表記と読み方

読みは「いんたるおんな」です。

「綾羅錦繍」は、あやぎぬや錦など、美しい織物をまとめていう言葉です。

「肝煎」は、村の世話役のことです。

「藻」は、水の中に生える草のことです。

この図鑑にはものをいう魚(沖縄)も収めています。

陰たる女(いんたるおんな)

日文研データベースが示す呼称です。

棚晴(たなはる)

記録が示す土地の名です。

綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)

記録が示す装いです。美しい織物のことをいいます。

陰たる女の姿と特徴

陰たる女の話は、記録に短く書かれています。

その人 … 肝煎棚晴頭の妻。
その場所 … 棚晴という所。
起きたこと … 失踪した。
現れたとき … 7年後。
その装い(一) … 綾羅錦繍を身にまとっていた。
その装い(二) … 上に藻を覆っていた。

どこにいたのかは書かれていません。

陰たる女の伝承記録

  1. 失踪する
  2. 七年後に現れる
  3. 綾羅錦繍の装い
  4. 上に藻を覆う

失踪する

棚晴という所にすむ肝煎棚晴頭の妻が失踪しました。

消えたのはです。

七年後に現れる

7年後にまた姿を現しました。

空いたのは七年です。

綾羅錦繍の装い

彼女は綾羅錦繍を身にまとっていました。

着ていたのは美しい織物です。

上に藻を覆う

その上に藻を覆っていたといいます。

かぶっていたのは水の草です。

陰たる女の伝承地域

公的データベースの地域欄は沖縄県を示します。市郡名の欄は空欄です。

記録は『琉球神道記』を引いており、古い書物にさかのぼる話です。

棚晴(たなはる)

記録が示す場所

地図で開く

棚晴の所在地:沖縄県

記録は棚晴という所と書いています。

市郡名の欄は空欄で、今のどこかは示されていません。

陰たる女の正体と考えられているもの

陰たる女は、七年後に戻った妻です

害をなすものではありません。 語られているのは、空いた年月と、戻ったときの身なりです。

織物の上にを覆っていたという一点が、行っていた先を思わせます。

この図鑑にはものをいう魚(沖縄)も収めています。

陰たる女が登場する作品

陰たる女を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは江戸時代の随筆と、その典拠となった琉球神道記です。

神隠しにあった人が年を経て戻る話は各地にあり、戻ったときの身なりが語りの要になります。

陰たる女が登場する随筆

筱舎漫筆

西田直養が書いた随筆です。日本随筆大成第二期に収められています。

陰たる女が登場する古い書物

琉球神道記

江戸時代初めに袋中がまとめた、琉球の神々をめぐる書です。

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陰たる女についてよくある質問

陰たる女とは何ですか。

沖縄の話で、失踪して七年後に姿を現したという妻のことです。

どんな身なりでしたか。

綾羅錦繍を身にまとい、その上に藻を覆っていたといいます。

どこにいたのですか。

記録には書かれていません。

もとは何に書かれていますか。

琉球神道記を、江戸時代の随筆が引いています。

陰たる女と併せて覚えたい言葉・用語

綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)

あやぎぬや錦など、美しい織物をまとめていう言葉です。

肝煎(きもいり)

村の世話役のことです。

失踪(しっそう)

行方が分からなくなることです。

陰たる女の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「陰たる女」