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大分県

赤魚(あかさかな)とはどんな怪異か|姿と伝承・登場する作品・伝承地域

赤魚  / アカサカナ

そのほか 各地の伝説

広瀬旭荘が『九桂草堂随筆』に書いた、由布岳のふもとの村のきわめて熱い温泉を、熱さを知らないかのように泳ぐ小さな赤い魚。

赤魚の姿を描いた図

Suicasmo 「由布岳と由布院の町(大分県由布市)」 2022年 / CC BY-SA 4.0 出典

赤魚とはどんな怪異か

赤魚は、きわめて熱い温泉の中を、平気で泳いでいた小さな赤い魚です。

江戸後期の儒学者広瀬旭荘が、随筆『九桂草堂随筆』の巻之十に書き留めました。場所は「油布山ノ下」、いまの由布岳のふもとの村です。

原文はわずか数行の一条です。旭荘はそこに、中国の『始興記』にも、沸いた湯のような温泉に細かな赤い魚が泳ぎ出るという似た記事がある、と書き添えています。

赤魚の漢字表記と読み方

読みは「あかさかな」です。原文は「小赤魚」(小さな赤い魚)と書くだけで、名前を付けてはいません。この呼び名は、国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースによるものです。

赤魚(あかさかな)

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースが収める呼び名です。

由布岳(ゆふだけ)

原文が「油布山」と書く山の、いまの名です。

岳麓邨(がくろくそん)

原文が温泉のある村を指す言葉で、「山のふもとの村」という意味です。村の名かどうかは本文からは分かりません。

赤魚の姿と特徴

原文が書く魚の特徴は、小さいことと赤いことの二つだけです。

油布山ノ下。岳麓邨ニ温泉アリ。極テ熱ス。小赤魚游泳シ。其熱ヲ知ラサルカ如シ。

湯は「極テ熱ス」、きわめて熱い。その中を魚が泳ぎ、熱さを知らないかのようだった。これが一条のすべてです。魚の数や大きさ、旭荘が自分の目で見たのかどうかは書かれていません。

赤魚の伝承記録

  1. 紅葉と山の記事のあいだに
  2. 中国の『始興記』にも
  3. 毎夜の口述から生まれた随筆

紅葉と山の記事のあいだに

赤魚の記事は、『九桂草堂随筆』巻之十にある一条です。すぐ前の条で旭荘は、御前岳からの帰り道に見た紅葉を思い出し、のちに上方へ出てはじめて、故郷の紅葉の多さが天下に比べるものがないと悟った、と書いています。赤魚の条は、それに続いて置かれています。

すぐ後の条は、旭荘がこれまでに眺めた高い山々の話です。赤魚は、旅と山の見聞を語る条のあいだに置かれています。

中国の『始興記』にも

旭荘は、同じような話が中国にもあると書き添えました。

漢土ニモ。類スル事アリ。王歆之始興記曰。雲水温泉涌溜。如沸湯。有細赤魚出游。無有獲之者。

王歆之の『始興記』に、雲水の温泉は沸いた湯のように湧き溜まり、細かな赤い魚が泳ぎ出るが、捕らえた者はいない、とある、というのです。熱い湯に赤い魚という取り合わせを、旭荘は漢籍の記事と並べて書き留めました。

毎夜の口述から生まれた随筆

『九桂草堂随筆』は、旭荘が筆を執って書いた本ではありません。安政2年(1855)の夏から秋にかけて、大坂の仮住まいに学びに来ていた兄の門人長光太郎に、百日あまり毎夜語って書き取らせたものです。こうして10巻ができ、その後2年のあいだに十数条が書き足されました。

旭荘は文化4年(1807)に豊後日田の豆田で生まれ、兄広瀬淡窓の私塾咸宜園の2代目の塾主を務めた人です。赤魚の条は、大坂で語られた故郷の豊後の話の一つです。

赤魚の伝承地域

原文の「油布山」は、いまの由布岳です。国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースも「油布山(由布山)」としています。

由布市の湯布院地域には、金鱗湖という湖があります。由布市によれば、この湖には清水と温泉が流れ込んでいるといわれ、一年を通じて水温が高く、冬の早朝には湖面から湯気が立ちます。名は、明治初期の儒学者毛利空桑が、湖で泳ぐ魚の鱗が夕日で金色に輝くのを見て付けたといわれています。旭荘の書く温泉と同じ場所かどうかは分かりませんが、温かい水に泳ぐ魚に儒学者が目を留めた話が、同じ由布の地にもう一つ残っています。

由布岳(ゆふだけ)

原文が「油布山」と書く山

地図で開く

由布岳の所在地:大分県由布市

原文は、この山のふもとの村にきわめて熱い温泉があったとしています。

温泉のあった村の名は、原文からは決められません。

赤魚の正体と考えられているもの

原文は、魚の正体について何も述べていません。旭荘が書き留めたのは、熱い湯の中で魚が平気で泳いでいるという一点です。それを中国の『始興記』の記事と並べて、珍しいが前例のないことではない、と示しています。

この一条を「赤魚」の名で怪異・妖怪の記録に加えたのは、国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースです。

赤魚が登場する作品

九桂草堂随筆は、関儀一郎が編んだ『日本儒林叢書』の第2冊(東洋図書刊行会、1929年)に収められ、赤魚の条は243ページにあります。同書は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されていて、原文を読めます。戦後には吉川弘文館の『続日本随筆大成』第2巻(1979年)にも収められました。

赤魚が登場する江戸の書物

九桂草堂随筆

広瀬旭荘の随筆で、10巻です。安政2年(1855)に口述で書き取らせ、その後書き足されました。赤魚は巻之十にあります。

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赤魚についてよくある質問

赤魚とはどんな怪異ですか。

由布岳のふもとの村のきわめて熱い温泉の中を、熱さを知らないかのように泳いでいた小さな赤い魚です。原文は「小赤魚」と書いています。

どこの話ですか。

原文は「油布山ノ下」の岳麓邨という村に、きわめて熱い温泉があったとしています。油布山は、いまの大分県の由布岳のことです。

誰が書き残したのですか。

江戸後期の儒学者、広瀬旭荘が『九桂草堂随筆』の巻之十に書きました。安政2年(1855)に大坂で、門人に毎夜語って書き取らせた随筆です。

似た話はありますか。

旭荘自身が、中国の王歆之『始興記』に、沸いた湯のような温泉に細かな赤い魚が泳ぎ出るという記事があると書き添えています。

赤魚と併せて覚えたい言葉・用語

咸宜園(かんぎえん)

広瀬淡窓が豊後日田に開いた私塾です。

漢籍(かんせき)

中国で書かれた書物のことです。

赤魚の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 広瀬旭荘『九桂草堂随筆』巻之十(関儀一郎編『日本儒林叢書』第2冊、東洋図書刊行会、1929年、243頁)
  2. 文化遺産オンライン「廣瀬淡窓旧宅及び墓」
  3. 由布市「金鱗湖」
  4. 国際日本文化研究センター 怪異・妖怪伝承データベース「赤魚」