長野県飯田市で、子守と赤子が行方不明になった山。持ち主は必ず死ぬかけがをし、バチ山と呼ぶ。

NALA Wiki (talk) 「遠山の霜月祭りの像(長野県飯田市)」 2009年 / CC BY-SA 3.0 出典
糸田山の神の祟りとはどんな妖怪か
糸田山の神の祟りは、持ち主に及ぶ祟りです。長野県飯田市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、東京学芸大学民俗学研究会「五、信仰 2民間の小祠」(『遠山の民俗』東京学芸大学民俗学研究会、1979年)を典拠に、昔、此田で子守と赤子が山へ行って行方不明になった。それ以降、この山に関係するものに祟りが及び、山の持ち主は必ず死ぬかけがをしたり、山の木を伐った人は災難にあうという。これを糸田山の神といい、山の持ち主はこれを家に呼んで祀るようにする。この山はバチ山ともいわれていると記します。
逃れ方が書かれています。
山の持ち主はこれを家に呼んで祀るようにするのです。
この図鑑には老婆のタタリ(長野)も収めています。
糸田山の神の祟りの漢字表記と読み方
読みは「いとだやまのかみのたたり」です。
記録は地名を「此田」と書き、神の名を「糸田山の神」と書いています。
「バチ」は罰のことです。
「子守」は、子どもの世話をする人のことです。
この図鑑には老婆のタタリ(長野)も収めています。
糸田山の神の祟り(いとだやまのかみのたたり)
日文研データベースが示す呼称。
バチ山(ばちやま)
記録が示す、この山のもう一つの呼び名です。
糸田山の神の祟りの姿と特徴
糸田山の神の祟りの話は、記録に順を追って書かれています。
その場所 … 此田。
行方不明になった者 … 子守と赤子。
そのとき … 山へ行って。
それ以降のこと … この山に関係するものに祟りが及ぶ。
山の持ち主 … 必ず死ぬかけがをする。
山の木を伐った人 … 災難にあう。
その神の名 … 糸田山の神。
持ち主のすること … これを家に呼んで祀る。
この山の別名 … バチ山。
神の姿は書かれていません。
糸田山の神の祟りの伝承記録
子守と赤子が消える
昔、此田で子守と赤子が山へ行って行方不明になりました。
消えたのは二人です。
関わる者に及ぶ
それ以降、この山に関係するものに祟りが及びます。
及ぶのは関わる者にです。
持ち主と伐る人
山の持ち主は必ず死ぬかけがをしたり、山の木を伐った人は災難にあうといいます。
受けるのは持ち主と伐る人です。
家に呼んで祀る
これを糸田山の神といい、山の持ち主はこれを家に呼んで祀るようにします。この山はバチ山ともいわれています。
呼ぶのは家にです。
糸田山の神の祟りの伝承地域
公的データベースの地域欄は長野県、市郡名の欄は飯田市を示します。
記録は地名を「此田」、神の名を「糸田山の神」と書いており、字が食い違います。直さずそのまま並べておきます。
糸田山の神の祟りの正体と考えられているもの
糸田山の神の祟りは、持ち主に及ぶ祟りです。
姿は出てきません。 語られているのは、誰に及ぶかと、どう避けるかです。
山を持つこと自体が危ういとされ、家に呼んで祀るという逃れ方が伝わっています。
この図鑑には老婆のタタリ(長野)も収めています。
糸田山の神の祟りが登場する作品
糸田山の神の祟りを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学生の調査報告です。
バチ山のように持つと災いがあるとされる山は各地にあり、売り買いを避ける土地もあります。
糸田山の神の祟りが登場する調査報告
遠山の民俗
東京学芸大学民俗学研究会が1979年に出した報告です。民間の小祠を扱います。
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糸田山の神の祟りについてよくある質問
糸田山の神の祟りとは何ですか。
長野県飯田市で、子守と赤子が消えた山にまつわる祟りです。
誰に及ぶのですか。
山の持ち主や、山の木を伐った人です。
どう避けるのですか。
山の持ち主は、これを家に呼んで祀るようにします。
バチ山とは。
この山のもう一つの呼び名です。
糸田山の神の祟りと併せて覚えたい言葉・用語
バチ(ばち)
罰のことです。
子守(こもり)
子どもの世話をする人のことです。
遠山(とおやま)
長野県飯田市の南部にあたる地域です。
糸田山の神の祟りの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。