京都府の丹波山中で人々を困らせた大鹿。帝の命を受けた猟師が弓で射て、大鎌で切り殺した。
八岐の大鹿とはどんな妖怪か
八岐の大鹿の漢字表記と読み方
読みは「やまたのおおしか」です。
「八岐」は、枝分かれが多いことを言います。
「大和国」はいまの奈良県にあたります。
「大鎌」は、柄の長い大きな鎌のことです。
この図鑑には金平鹿(三重)も収めています。
八岐の大鹿(やまたのおおしか)
日文研データベースが示す呼称。
満野三郎(みつのさぶろう)
記録が示す、姓を改めた猟師の名です。
八岐の大鹿の姿と特徴
八岐の大鹿の話は、記録に順を追って書かれています。
その兄弟 … 大和国の香野太郎・次郎・三郎。
三郎のしたこと(一) … 姓を満野と改めた。
三郎のしたこと(二) … 猟師になった。
その頃いたもの … 丹波山中の八岐の大鹿。
そのふるまい … 人々を困らせていた。
帝のしたこと … 三郎に退治するように命じた。
三郎のしたこと(三) … 大鹿を弓で射て倒した。
三郎のしたこと(四) … 大鎌で切り殺した。
角の数は書かれていません。
八岐の大鹿の伝承記録
猟師になった三郎
昔、大和国に香野太郎・次郎・三郎の兄弟がいました。三郎は姓を満野と改め猟師になりました。
改めたのは姓です。
丹波山中の大鹿
その頃丹波山中に八岐の大鹿がおり、人々を困らせていました。
困らせたのは大鹿です。
帝が命じる
そこで帝は三郎に退治するように命じました。
命じたのは帝です。
弓と大鎌
三郎は大鹿を弓で射て倒し、大鎌で切り殺しました。
使ったのは弓と鎌です。
八岐の大鹿の伝承地域
公的データベースの地域欄は京都府までで、市郡までは示されていません。
論文名は丹波美山口碑集で、丹波美山の言い伝えを集めたものです。
八岐の大鹿の正体と考えられているもの
八岐の大鹿は、帝が退治を命じた獣です。
化けたとは書かれていません。 語られているのは、どこにいたかと、どう倒されたかです。
弓で倒してから鎌で切るという二段の始末が、害獣退治らしい書きぶりです。
この図鑑には金平鹿(三重)も収めています。
八岐の大鹿が登場する作品
八岐の大鹿を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは近畿の民俗学会の雑誌です。
帝の命で獣を退治する話は各地にあり、退治した者が土地の名の由来になることがあります。
八岐の大鹿が登場する学会誌
近畿民俗
近畿民俗学会が出した雑誌です。1987年の号に丹波美山口碑集が載ります。
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八岐の大鹿についてよくある質問
八岐の大鹿とは何ですか。
丹波山中にいて人々を困らせたという大鹿です。
誰が退治したのですか。
大和国の香野三郎、のちに姓を満野と改めた猟師です。
誰が命じたのですか。
帝です。
どう倒したのですか。
弓で射て倒し、大鎌で切り殺しました。
八岐の大鹿と併せて覚えたい言葉・用語
八岐(やまた)
枝分かれが多いことを言います。
丹波(たんば)
いまの京都府中部と兵庫県東部にあたる国の名です。
大鎌(おおがま)
柄の長い大きな鎌のことです。
八岐の大鹿の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。