茨城県土浦市の田。作ると病人が出ると恐れられ、荒れたままだった。

薬師田とはどんな妖怪か
薬師田はひとことで言えば、手を出さずに荒れていた田です。茨城県土浦市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、内田清司「稲敷の病人田(忌地)伝説」(『茨城の民俗』通巻24号、1985年、177頁)を典拠に、国道二九四号釜井駅バス停附近に薬師堂が建っていた。元免地三十アールが解放されたが、病人が出ると恐れて荒れていた。現在国道用地に売収された外、屋敷になっていると記します。
「元免地」はもとは年貢を免じられていた土地を指します。寺や堂に付けられた田です。
それが解放されました。
しかし、病人が出ると恐れて荒れていたといいます。
薬師田の漢字表記と読み方
薬師田(やくしだ)
日文研データベースが示す表記。
病人田(びょうにんだ)
同じ性格の田をまとめて呼ぶ言い方。
忌地(いみち)
作ることを避けられた土地を指す語。
薬師田の姿と特徴
この田に妖怪の姿はありません。記録にあるのは、土地の来歴です。
場所 … 国道二九四号、釜井駅バス停附近。
もとあったもの … 薬師堂。
広さ … 元免地三十アール。
その後1 … 解放されたが、病人が出ると恐れて荒れていた。
その後2 … 国道用地に売収された。
残り … 屋敷になっている。
病人が実際に出たという記述はありません。
薬師田の伝承記録
免じられていた田
「元免地」は、もとは年貢を免じられていた土地です。
薬師堂に付けられた田でした。
広さは三十アール——三反ほどにあたります。
それが解放されました。 戦後の農地改革を指すとみられます。
耕せる土地になったことになります。
恐れて荒れたまま
病人が出ると恐れて、荒れていました。
耕せるようになっても、誰も手を出しませんでした。
この図鑑の下町の鐘田(茨城)でも、工場を建てた人が倒産しました。
同じ報告の位はい田も同じ性格の田です。
その後、国道用地に売収され、残りは屋敷になりました。
薬師田の伝承地域
公的データベースの地域欄は茨城県土浦市を示します。記録は国道二九四号釜井駅バス停附近と記します。
現在は国道用地と屋敷になっていると記されるため、訪ねる先としては扱えません。
薬師田の正体と考えられているもの
この記録に妖怪は出てきません。語られているのは、土地に付いた恐れです。
元免地——堂に付けられ、年貢を免じられていた田でした。
堂のものだった土地に手を入れることへのためらいが、恐れの元にあるとみられます。
この図鑑には、同じ報告から位はい田、下町の鐘田も収めています。
どれも茨城の病人田で、由来の語られ方が少しずつ違います。
薬師田が記録された資料
この話を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『茨城の民俗』の記事です。
同じ報告から、この図鑑には位はい田、下町の鐘田も収めています。忌地をまとめた記事で、複数の田の話が並びます。
薬師田が記録された民俗資料
稲敷の病人田(忌地)伝説
内田清司が『茨城の民俗』通巻24号(1985年)に載せた中心資料です。
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薬師田についてよくある質問
薬師田とは何ですか。
茨城県土浦市の田です。作ると病人が出ると恐れられ、荒れたままだったと記録されています。
元免地とは何ですか。
もとは年貢を免じられていた土地です。寺や堂に付けられた田を指します。
今はどうなっていますか。
国道用地に売収された外は、屋敷になっていると記録されています。
病人田とは何ですか。
作ると病人が出るとされ、避けられた田です。忌地とも呼ばれます。
薬師田と併せて覚えたい言葉・用語
元免地(もとめんち)
もとは年貢を免じられていた土地。堂や寺に付けられました。
忌地(いみち)
作ることを避けられた土地。病人田とも呼ばれます。
位はい田(いはいだ)
同じ報告に載る龍ケ崎市の忌地です。
薬師田の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。