岐阜県で、卵を好んで食べた男の頭が禿げ、一面に鶏の産毛が生えたという。
鶏の産毛とはどんな妖怪か
鶏の産毛はひとことで言えば、食べたものが体に出た話です。岐阜県の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、神谷養勇軒『新著聞集』(『日本随筆大成第二期』5巻、1974年、404頁)を典拠に、美濃国の御岳村に住む土屋善右衛門は、日頃鶏の卵を好んで食べていたが、ある日頭が悉くはげた後、鶏の産毛が一面に生えたという。寛文年間のころの出来事であると記します。
寛文年間は1661年から1673年です。
「産毛」は生まれたばかりの雛の、細く柔らかい毛です。
名前も村名も記されています。 見聞として書き留められた形です。
鶏の産毛の漢字表記と読み方
読みは「にわとりのうぶげ」です。
「産毛」は生まれたばかりの雛の、細く柔らかい毛です。
「悉く」はことごとくと読みます。すべて、残らずという意味です。
この図鑑には人面瘡も収めています。 体に出る怪異という点で近い話です。
鶏の産毛(にわとりのうぶげ)
日文研データベースが示す表記。
土屋善右衛門(つちやぜんえもん)
この出来事の当人の名。
鶏の産毛の姿と特徴
この記録にあるのは、頭に出たものです。
当人 … 美濃国御岳村の土屋善右衛門。
日頃していたこと … 鶏の卵を好んで食べていた。
起きたこと1 … ある日、頭が悉くはげた。
起きたこと2 … その後、鶏の産毛が一面に生えた。
時期 … 寛文年間(1661〜73年)のころ。
その後どうなったかは書かれていません。
鶏の産毛の伝承記録
卵を好んで食べる
美濃国の御岳村に、土屋善右衛門という人がいました。
日頃、鶏の卵を好んで食べていました。
江戸期には、卵を食べることを忌む考え方もありました。
殺生にあたるとする見方です。
記録は、その是非には触れていません。
頭に産毛が生える
ある日、頭が悉くはげました。
その後、鶏の産毛が一面に生えたといいます。
食べていたものが、体に出たという形です。
この図鑑には人面瘡も収めています。 そちらは膝や肩に人の顔が出ます。
寛文年間のころの出来事と、時期まで記されています。
鶏の産毛の伝承地域
公的データベースの地域欄は岐阜県を示します。記録は美濃国の御岳村と記します。
現在のどの市町村にあたるかは書かれていないため、地図で指せるのは県の範囲までです。
鶏の産毛の正体と考えられているもの
この出来事の原因は分かっていません。
記録は、卵を好んで食べていたことと頭に産毛が生えたことを並べて書くだけです。
因果を断定してはいません。
それでも、並べられていること自体が説明になっています。
この図鑑には人面瘡も収めています。 体に現れる怪異は、江戸期の随筆にしばしば載ります。
鶏の産毛が登場する作品
この話は、『新著聞集』で読めます。日本随筆大成第二期5巻に収められています。
『新著聞集』は江戸期の見聞を集めた説話集で、体に現れる怪異の話も数多く載ります。この図鑑には、同じ本から釈迦の像(京都)も収めています。
鶏の産毛が登場する古典籍
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鶏の産毛についてよくある質問
鶏の産毛とは何ですか。
岐阜県の話です。卵を好んで食べた男の頭が禿げ、一面に鶏の産毛が生えたと記録されています。
いつの話ですか。
寛文年間(1661〜73年)のころと記録されています。
誰の話ですか。
美濃国御岳村の土屋善右衛門です。
その後どうなりましたか。
記録されていません。
鶏の産毛と併せて覚えたい言葉・用語
産毛(うぶげ)
生まれたばかりの雛の、細く柔らかい毛です。
寛文(かんぶん)
1661年から1673年までの年号です。
新著聞集(しんちょもんじゅう)
神谷養勇軒による江戸期の説話集です。
鶏の産毛の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。