京都で、車で運ばれる釈迦像の頭を嘲った者が、格子から顔を抜けなくした話。

釈迦の像とはどんな妖怪か
釈迦の像はひとことで言えば、嘲った者を動けなくした像です。京都市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、神谷養勇軒『新著聞集』(『日本随筆大成第2期』5巻、吉川弘文館、1974年、343〜344頁)を典拠に、百万遍が火災の後、東河原町に移った時、釈迦像が大きかったので分解して頭を車に乗せて移動した。それを格子から顔を出し見ていた者が嘲ったら顔が格子から抜けなくなった。詫びをいったらやっと抜けたと記します。
百万遍は、京都の知恩寺の通称です。火災の後、移転しています。
像が大きすぎて、分解して頭だけを車に乗せました。
それを見て嘲った者が、格子から顔を抜けなくなりました。
釈迦の像の漢字表記と読み方
読みは「しゃかのぞう」です。
百万遍は、京都市左京区の知恩寺の通称です。念仏を百万回唱えた故事にちなみます。
格子は、町家の窓や戸口に組まれた木の枠です。顔を出して外を見ることができました。
その格子が、嘲った者を捕らえました。
釈迦の像(しゃかのぞう)
日文研データベースが示す漢字表記。
シャカノゾウ(しゃかのぞう)
同データベースの呼称読み。
釈迦の像の姿と特徴
この記録に妖怪の姿はありません。あるのは、運ばれる像の頭です。
像 … 釈迦像。大きかったので分解された。
運び方 … 頭を車に乗せて移動した。
見た者 … 格子から顔を出して見ていた。
したこと … 嘲った。
結果 … 顔が格子から抜けなくなった。詫びをいったらやっと抜けた。
像が動いた、声を出したという記述はありません。
釈迦の像の伝承記録
頭だけを車に乗せる
百万遍が火災に遭い、東河原町に移りました。
釈迦像は大きく、そのままでは運べません。
分解して、頭を車に乗せて移動しました。
大きな仏の頭が、町中を運ばれていきます。
人々は、格子から顔を出して見ていました。
嘲って抜けなくなる
見ていた者の一人が、嘲りました。
何と言ったかは記録されていません。
その途端、顔が格子から抜けなくなりました。
外に顔を出したまま、動けなくなったことになります。
そして、詫びをいったらやっと抜けました。
罰は、詫びによって解かれています。
釈迦の像の伝承地域
公的データベースの地域欄は京都府京都市を示します。記録の百万遍は知恩寺の通称です。
知恩寺は現在、京都市左京区にあります。 記録が指す移転先の東河原町とは別の場所です。
釈迦の像の正体と考えられているもの
この記録に妖怪は出てきません。語られているのは、嘲りに対する罰です。
釈迦像が仕返しをしたとは書かれていません。顔が抜けなくなったという事実だけが記されます。
詫びによって解かれた点も、罰の型として整っています。
仏をおろそかにして罰を受ける話は各地にあります。この図鑑には、京都のシクマ狸のように化かす話もありますが、こちらは戒めの形です。
釈迦の像が登場する作品
この話は、『新著聞集』で読めます。日本随筆大成第2期5巻(吉川弘文館)に収められています。
『新著聞集』は、江戸期の見聞を集めた説話集で、怪異の話も数多く載ります。
釈迦の像が登場する古典籍
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釈迦の像についてよくある質問
釈迦の像の話とは何ですか。
京都で、車で運ばれる釈迦像の頭を嘲った者が、格子から顔を抜けなくなったという記録です。
なぜ頭だけ運んだのですか。
像が大きかったので分解した、と記録されています。
顔はどうなりましたか。
詫びをいったらやっと抜けたと記録されています。
百万遍とは何ですか。
京都の知恩寺の通称です。念仏を百万回唱えた故事にちなみます。
釈迦の像と併せて覚えたい言葉・用語
百万遍(ひゃくまんべん)
京都市左京区の知恩寺の通称です。
格子(こうし)
町家の窓や戸口に組まれた木の枠。顔を出して外を見られました。
新著聞集(しんちょもんじゅう)
神谷養勇軒による江戸期の説話集。この話を載せています。
釈迦の像の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。