福島県郡山市湖南町で、緋鯉の連れ合いを食べた網元だけを許さなかったという猪苗代湖の主。

湖水の主とはどんな妖怪か
湖水の主はひとことで言えば、一人だけ許さなかった主です。福島県郡山市湖南町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、東京女子大学史学科郷土調査団「六、口承文芸 1昔話」(『猪苗代湖南の民俗』通巻8号、1970年、134頁)を典拠に、湖水の水が氾濫して、鯉がたくさん昇ってきた。その中に特に大きな緋鯉がいた。それを網元の家中で食べると次々と家の者が病気になった。鯉の霊の祟りで、供養をするから恨みをとくようにと頼むと家の人は全快したが、網元の主人が湖水に舟をこぎ出したときにいくらたっても帰ってこないので捜しに行くと湖水の真ん中で泡を吹いて倒れていた。網元の食べた大きな緋鯉は湖水の主の連れ合いで主はどうしても主人だけは許せなかったのであると記します。
供養は効きました。
家の者は全快しています。 許されなかったのは主人ひとりでした。
湖水の主の漢字表記と読み方
読みは「こすいのぬし」です。
湖南町は猪苗代湖の南岸にあたる郡山市の地区です。 記録の湖水は猪苗代湖を指します。
網元は、漁師をたばねる家のことです。
この図鑑には淵のヌシ(神奈川)も収めています。そちらは大鰻の話です。
湖水の主(こすいのぬし)
日文研データベースが示す呼称。
緋鯉(ひごい)
食べられたのは主の連れ合いとされます。
湖水の主の姿と特徴
湖水の主に姿はありません。記録にあるのは、緋鯉と、その後です。
きっかけ … 湖水の氾濫で鯉が昇ってきた。
目立ったもの … 特に大きな緋鯉。
したこと … 網元の家中で食べた。
起きたこと … 次々と家の者が病気になった。
効いたこと … 供養をすると家の人は全快した。
主人の最期 … 湖水の真ん中で泡を吹いて倒れていた。
主の姿そのものは書かれていません。
湖水の主の伝承記録
緋鯉を食べる
湖水の水が氾濫して、鯉がたくさん昇ってきました。
その中に、特に大きな緋鯉がいました。
それを網元の家中で食べました。
供養して家の者は治る
次々と家の者が病気になりました。
鯉の霊の祟りで、供養をするから恨みをとくようにと頼むと、家の人は全快しました。
ここで終わってもよさそうです。
主人だけは許されない
網元の主人が湖水に舟をこぎ出したとき、いくらたっても帰ってきませんでした。
捜しに行くと、湖水の真ん中で泡を吹いて倒れていました。
食べた緋鯉は湖水の主の連れ合いで、主はどうしても主人だけは許せなかったのです。
湖水の主の伝承地域
公的データベースの地域欄は福島県郡山市を示します。
湖南町は猪苗代湖の南岸にあたり、湖ぞいに集落が並びます。
湖水の主の正体と考えられているもの
湖水の主は、連れ合いの仇を取ったものです。
祟りという語が、この記録では使われています。
供養で解けたのは、家の者の病だけでした。
この図鑑には淵のヌシ(神奈川)も収めています。
湖水の主が登場する作品
湖水の主を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは調査報告です。
主の連れ合いを獲る話は各地にあり、獲った当人に及ぶ形をとります。この図鑑には淵のヌシ(神奈川)も収めています。
湖水の主が登場する調査報告
猪苗代湖南の民俗
郡山地方史研究会が1970年に出した調査報告です。
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湖水の主についてよくある質問
湖水の主とは何ですか。
福島県郡山市湖南町で、猪苗代湖の主とされたものです。
何が起きましたか。
大きな緋鯉を食べた網元の家の者が次々と病気になったと記録されています。
病気は治りましたか。
供養をすると家の人は全快したとされます。
主人はどうなりましたか。
湖の真ん中で泡を吹いて倒れていたと記されています。
湖水の主と併せて覚えたい言葉・用語
網元(あみもと)
漁師をたばね、網や舟を持つ家のことです。
緋鯉(ひごい)
赤い色をした鯉のことです。
猪苗代湖(いなわしろこ)
福島県の湖。日本で四番目に広い湖です。
湖水の主の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。