愛媛県松山市で、死を前にした僧が嘆いた翌日に咲いたという、正月の桜。

節会桜とはどんな妖怪か
節会桜はひとことで言えば、人の嘆きに答えて時期を外して咲いた木です。愛媛県松山市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、玉田永教「年中故事」(『続日本随筆大成別巻』12巻、1983年、289頁)を典拠に、伊予国和気郡山越村に、毎年正月16日に桜がある。伝えるところによると、この近くに了恩寺という寺があり、住僧が桜を愛していた。しかし1年して病に臥し、今年はもう桜をみる事ができないと木に向かって嘆いたところ、翌日にことごとく咲いたという。そこから十六日桜ともいうと記します。
正月16日という日付が、名にそのまま残っています。
桜は本来春に咲く木です。 その木が冬に咲いたところに、この話の重さがあります。
節会桜の漢字表記と読み方
読みは「せちえざくら」です。
「節会」は宮中の年中行事を指す言葉です。 正月の節目にあたる日を表しています。
別の呼び名は十六日桜です。 咲く日がそのまま名になりました。
この図鑑には千丁木(山梨)も収めています。
節会桜(せちえざくら)
日文研データベースが示す表記。
十六日桜(じゅうろくにちざくら)
正月16日に咲くことからの呼び名です。
節会桜の姿と特徴
節会桜に姿はありません。記録にあるのは、咲いた日です。
場所 … 伊予国和気郡山越村。
日 … 毎年正月16日。
近くの寺 … 了恩寺。
その人 … 桜を愛していた住僧。
起きたこと … 病に臥し、今年はもう桜をみる事ができないと木に向かって嘆いた。
翌日 … ことごとく咲いた。
木が声を出したという記述はありません。 答えたのは花でした。
節会桜の伝承記録
嘆きを木に向ける
了恩寺の住僧は、桜を愛していました。
しかし、1年して病に臥します。
今年はもう桜をみる事ができないと、木に向かって嘆きました。
相手は人ではなく、木そのものでした。
翌日に咲く
翌日、ことごとく咲きました。
正月の16日です。 桜の季節には、まだ遠い日でした。
そこから十六日桜ともいうようになりました。
咲いた理由は書かれていません。 残ったのは、日付と名です。
節会桜の伝承地域
公的データベースの地域欄は愛媛県松山市を示します。記録では伊予国和気郡山越村です。
寺の名は了恩寺と記されますが、現在の所在は書かれていません。
節会桜の正体と考えられているもの
節会桜は、人の嘆きに答えて時期を外して咲いた木です。
恐ろしい話ではありません、という言い方はしません。 記録は、咲いたという事実だけを伝えます。
似た形は、木や花が人に応じる話として各地にあります。
この図鑑には千丁木(山梨)と上の山の松(愛媛)も収めています。
節会桜が登場する作品
節会桜を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは江戸期の随筆を収めた叢書です。
十六日桜の名は松山に伝わり、同じ名の木が今も知られます。この図鑑には上の山の松(愛媛)も収めています。
節会桜が登場する随筆
続日本随筆大成別巻
吉川弘文館の叢書です。玉田永教「年中故事」を収めます。
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節会桜についてよくある質問
節会桜とは何ですか。
愛媛県松山市の山越に伝わる桜で、毎年正月16日に咲くとされました。
なぜ正月に咲いたのですか。
了恩寺の住僧が病に臥し、今年はもう桜をみる事ができないと木に向かって嘆いた翌日に咲いたと記録されています。
別の呼び名はありますか。
十六日桜ともいいます。咲く日がそのまま名になりました。
どこにありましたか。
伊予国和気郡山越村、現在の松山市山越にあたります。
節会桜と併せて覚えたい言葉・用語
節会(せちえ)
宮中の年中行事。正月の節目の日を指します。
和気郡(わけぐん)
伊予国の郡名。現在の松山市の一部にあたります。
住僧(じゅうそう)
寺に住んでつとめる僧のことです。
節会桜の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。