山梨県大月市七保町の話。崖から落ちて死んだ馬が枕元に立ち、祀ると長男が元気になった。

Aimaimyi 「猿橋(山梨県大月市)」 2011年 / CC BY-SA 3.0 出典
馬の祟りとはどんな妖怪か
馬の祟りは、神になって現れた馬です。山梨県大月市七保町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、都留文科大学民俗学研究会「口承文芸 伝説」(『上和田の民俗』都留文科大学民俗学研究会、1977年)を典拠に、話者を卯月真喜子として、馬が昭和6年7月21日に崖から足をすべらせて転落死してしまった。ある夜、馬が神様になって枕元に現れ、自分を祀らないと長男をとり殺すといって去ったと記します。
日付まで残っています。
驚いてさっそく墓を作って昭和11年2月に馬頭観音を立てて馬の霊を供養すると、それまで病弱の長男が元気になったと結ばれます。
この図鑑には御手洗水(山梨)も収めています。
馬の祟りの漢字表記と読み方
読みは「うまのたたり」です。
「馬頭観音」は、馬を守るとされる観音で、路傍によくまつられます。
「昭和6年」は1931年、「昭和11年」は1936年にあたります。
「枕元」は、寝ている人の頭のそばのことです。
この図鑑には御手洗水(山梨)も収めています。
馬の祟り(うまのたたり)
日文研データベースが示す呼称です。
馬頭観音(ばとうかんのん)
記録が示す、供養のために立てたものです。
馬の祟りの姿と特徴
馬の祟りの話は、記録に順を追って書かれています。
その日 … 昭和6年7月21日。
起きたこと … 馬が崖から足をすべらせて転落死した。
ある夜のこと … 馬が神様になって枕元に現れた。
その言葉 … 自分を祀らないと長男をとり殺す。
そのあと … 去った。
家のしたこと(一) … さっそく墓を作った。
家のしたこと(二) … 昭和11年2月に馬頭観音を立てた。
その用 … 馬の霊を供養する。
その結果 … それまで病弱の長男が元気になった。
馬の毛色は書かれていません。
馬の祟りの伝承記録
崖から落ちる
馬が昭和6年7月21日に崖から足をすべらせて転落死してしまいました。
落ちたのは家の馬です。
枕元に現れる
ある夜、馬が神様になって枕元に現れました。
立ったのは寝ている頭のそばです。
祀らないと
自分を祀らないと長男をとり殺すといって去りました。
告げたのは取り引きです。
馬頭観音を立てる
驚いてさっそく墓を作って昭和11年2月に馬頭観音を立てて馬の霊を供養しました。
立てたのは観音です。
長男が元気になる
それまで病弱の長男が元気になりました。
変わったのは子の身です。
馬の祟りの伝承地域
公的データベースの地域欄は山梨県、市郡名の欄は大月市、区町村名の欄は七保町を示します。
報告の題は上和田の民俗で、集落を歩いてまとめたものです。
馬の祟りの正体と考えられているもの
馬の祟りは、神になって現れた馬です。
姿を変えるわけではありません。 語られているのは、枕元での言葉と、供養してからの変わりようです。
日付が昭和6年7月21日と昭和11年2月まで残っているところが、この話の近さです。
この図鑑には御手洗水(山梨)も収めています。
馬の祟りが登場する作品
馬の祟りを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学生の調査報告です。
死んだ馬を馬頭観音でまつることは各地で行われ、路傍の石仏として今も残ります。
馬の祟りが登場する調査報告
上和田の民俗
都留文科大学民俗学研究会が1977年に出した報告です。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
馬の祟りについてよくある質問
馬の祟りとは何ですか。
山梨県大月市七保町で、崖から落ちて死んだ馬が枕元に立ったという話です。
馬は何と言ったのですか。
自分を祀らないと長男をとり殺すと言って去ったといいます。
家はどうしましたか。
墓を作り、昭和十一年二月に馬頭観音を立てて供養したといいます。
そのあとどうなりましたか。
それまで病弱だった長男が元気になったといいます。
馬の祟りと併せて覚えたい言葉・用語
馬頭観音(ばとうかんのん)
馬を守るとされる観音で、路傍によくまつられます。
枕元(まくらもと)
寝ている人の頭のそばのことです。
大月市(おおつきし)
山梨県の東部にある市です。
馬の祟りの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。