本文へ移動

山梨県

御手洗水(みたらいすい)とはどんな妖怪か|姿と伝承

御手洗水  / ミタライスイ

そのほか 各地の伝説

山梨県早川町で、孝謙天皇の参詣のとき厳冬の冷水がたちまち湯になったと伝えられる水。

御手洗水の姿を描いた図

Sakaori 「赤沢宿の石畳(山梨県南巨摩郡早川町赤沢)」 2011年 / CC BY-SA 3.0 出典

御手洗水とはどんな妖怪か

御手洗水は、湯に変わった手水です。山梨県南巨摩郡早川町の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、長沢利明山梨の孝謙天皇伝説」(『甲斐路』山梨郷土研究会、1989年)を典拠に、早川沿いにある御手洗湯は微温湯の温泉であり、現在は旅館白根荘の湯となっている。これは、孝謙天皇が鎮守の若宮八幡宮御参詣の砌、厳冬であったのに冷水がたちまち湯になったと記します。

いまも湯があります。

その湯は微温湯の温泉として、旅館白根荘の湯になっています。

御手洗水の漢字表記と読み方

読みは「みたらいすい」です。

「御手洗」は、社寺で手を清めるための水のことです。

「微温湯」は、ぬるい湯のことです。

「砌」は、そのときという意味です。

孝謙天皇は奈良時代の天皇です。

御手洗水(みたらいすい)

日文研データベースが示す呼称。

御手洗湯(みたらいゆ)

記録が示す、いまの温泉の呼び名です。

御手洗水の姿と特徴

御手洗水の話は、記録に短く書かれています。

あるところ … 早川沿い。
いまの姿 … 微温湯の温泉。
いまの使われ方 … 旅館白根荘の湯。
もとの出来事 … 孝謙天皇が鎮守の若宮八幡宮に参詣した。
そのときの季節 … 厳冬。
起きたこと … 冷水がたちまち湯になった。

湯の温度は書かれていません。

御手洗水の伝承記録

  1. 早川沿いの湯
  2. 旅館の湯になる
  3. 孝謙天皇の参詣
  4. 冷水が湯になる

早川沿いの湯

早川沿いにある御手洗湯は微温湯の温泉です。

いまもが出ています。

旅館の湯になる

現在は旅館白根荘の湯となっています。

使われ方は変わりました。

孝謙天皇の参詣

孝謙天皇が鎮守の若宮八幡宮に御参詣しました。

由来は天皇の参詣です。

冷水が湯になる

厳冬であったのに冷水がたちまち湯になりました。

変わったのはその場でした。

御手洗水の伝承地域

公的データベースの地域欄は山梨県南巨摩郡早川町を示します。

記録は早川沿いとだけ書いています。

若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

若宮八幡宮の所在地:山梨県南巨摩郡早川町

報告は山梨郷土研究会の甲斐路によります。

記録は早川沿いと書いています。

御手洗水の正体と考えられているもの

御手洗水は、天皇の参詣で湯に変わったとされる水です

怪しいものは出てきません。 語られているのは、厳冬であったのに湯になったという一点です。

その湯がいまも温泉として使われているところが、この話の残り方です。

御手洗水が登場する作品

御手洗水を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは山梨の郷土研究会の雑誌です。

貴人の参詣で水が湯になる話は各地の温泉にあり、開湯の由来として語られます。

御手洗水が登場する学会誌

甲斐路

山梨郷土研究会が出した雑誌です。1989年の号に山梨の孝謙天皇伝説が載ります。

中部の妖怪の本を探す

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

御手洗水についてよくある質問

御手洗水とは何ですか。

山梨県早川町で、冷水がたちまち湯になったと伝えられる水です。

誰の参詣ですか。

孝謙天皇が鎮守の若宮八幡宮に参詣した砌と記録されています。

いまはどうなっていますか。

微温湯の温泉で、旅館白根荘の湯となっているといいます。

孝謙天皇とは誰ですか。

奈良時代の天皇です。

御手洗水と併せて覚えたい言葉・用語

御手洗(みたらい)

社寺で手を清めるための水のことです。

微温湯(ぬるゆ)

ぬるい湯のことです。

(みぎり)

そのとき、という意味です。

御手洗水の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「御手洗水,霊験」