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山梨県

駒引き岩(こまびきいわ)とはどんな妖怪か|姿と伝承

駒引き岩  / コマビキイワ

器物と草木 各地の伝説

山梨県早川町奈良田で、孝謙天皇が馬を帰し、足摺った跡が残るとされる岩。

駒引き岩の姿を描いた図

Yasu 「奈良田温泉 白根館(山梨県南巨摩郡早川町奈良田)」 2018年 / CC BY-SA 3.0 出典

駒引き岩とはどんな妖怪か

駒引き岩はひとことで言えば、別れの跡が残る岩です。山梨県南巨摩郡早川町の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、長沢利明山梨の孝謙天皇伝説」(『甲斐路』第67号、1989年、156頁)を典拠に、奈良田の下湯島の鎮守である山王神社の境内の「駒引き岩」についてだが、この岩の上に足跡馬蹄型に似た穴が大小無数にある。これは孝謙天皇が奈良田ご入来の際に乗ってきた馬と従者をここから帰し、別れを惜しんで嘆き悲しんで足摺ったのが残ったものであるというと記します。

穴は無数にあります。

一つや二つではありません。 大小無数の穴が、別れの長さとして語られます。

駒引き岩の漢字表記と読み方

読みは「こまびきいわ」です。

孝謙天皇は奈良時代の女帝で、山梨には各地に伝説が残ります。 奈良田の地名もこれに結ばれます。

足摺るとは、地面を踏みならして嘆くことです。

この図鑑には駒石(長野)も収めています。そちらも蹄の跡の話です。

駒引き岩(こまびきいわ)

日文研データベースが示す呼称。

奈良田(ならだ)

孝謙天皇の伝説が集まる集落の名です。

駒引き岩の姿と特徴

駒引き岩の姿は、記録に短く書かれています。

場所 … 奈良田の下湯島の鎮守、山王神社の境内。
もの … 岩。
岩の上にあるもの … 足跡や馬蹄型に似た穴。
穴の数 … 大小無数。
由来とされること … 孝謙天皇が馬と従者をここから帰したこと。
跡の理由 … 別れを惜しんで嘆き悲しんで足摺ったこと。

岩の大きさは書かれていません。

駒引き岩の伝承記録

  1. 山王神社の岩
  2. 無数の穴
  3. 別れを惜しんだ跡

山王神社の岩

奈良田の下湯島の鎮守である山王神社の境内に、「駒引き岩」があります。

社の境内にある岩です。

無数の穴

この岩の上に、足跡馬蹄型に似た穴が大小無数にあります。

一つではありません。

大小無数と書かれています。

別れを惜しんだ跡

これは孝謙天皇が奈良田ご入来の際に乗ってきた馬と従者をここから帰し、別れを惜しんで嘆き悲しんで足摺ったのが残ったものであるといいます。

馬の蹄と、人の足の両方として読まれています。

別れの場所が、岩に残りました

駒引き岩の伝承地域

公的データベースの地域欄は山梨県南巨摩郡を示します。

奈良田は早川の最上流にある集落で、温泉と方言で知られます。

山王神社(さんのうじんじゃ)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

山王神社の所在地:山梨県南巨摩郡早川町奈良田

報告は山梨郷土研究会の甲斐路によります。

奈良田の下湯島の鎮守です。

駒引き岩の正体と考えられているもの

駒引き岩は、別れの跡とされた岩です

祟りという語は使われていません。 記されているのは、穴があることと、その由来だけです。

それでも、天皇の名まで伝わっています。

この図鑑には駒石(長野)も収めています。

駒引き岩が登場する作品

駒引き岩を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学会誌です。

孝謙天皇の伝説は山梨の各地にあり、奈良田にとくに多く残ります。この図鑑には駒石(長野)も収めています。

駒引き岩が登場する学会誌

甲斐路

山梨郷土研究会の学会誌です。第67号に長沢利明の報告が載ります。

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駒引き岩についてよくある質問

駒引き岩とは何ですか。

山梨県早川町奈良田の山王神社の境内にある岩です。

何が残っていますか。

足跡や馬蹄型に似た穴が大小無数にあると記録されています。

その由来は何ですか。

孝謙天皇が馬と従者を帰し、別れを惜しんで足摺った跡とされます。

奈良田とはどこですか。

早川の最上流にある集落で、温泉と方言で知られます。

駒引き岩と併せて覚えたい言葉・用語

孝謙天皇(こうけんてんのう)

奈良時代の女帝。山梨に伝説が残ります。

足摺る(あしずる)

地面を踏みならして嘆くことです。

奈良田(ならだ)

山梨県早川町の集落。温泉で知られます。

駒引き岩の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「駒引き岩」