長野県飯田市で、義経が駒に乗って見物したという石。蹄の跡が残るとされます。

Junichi 「元善光寺の本堂(長野県飯田市)」 2006年 / CC BY-SA 3.0 出典
駒石とはどんな妖怪か
駒石はひとことで言えば、見物していた側の石です。長野県飯田市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、本島宏一「鼎の伝説 切石の伝説」(『伊那』32巻1号/通巻668号、1984年、17頁)を典拠に、弁慶が道を塞いでいる大石を切りつけようとすると、義経が駒に乗って見物していた石が駒石である。今でも蹄の跡が残る。石の平らな面に、浅い円形の凹があるものが駒石であると記します。
主役は弁慶ではありません。
切ったほうの石ではなく、見ていたほうの石に名が付いています。 残ったのは蹄の跡です。
駒石の漢字表記と読み方
読みは「こまいし」です。
駒は馬のことで、義経の乗った馬を指します。 蹄の跡が石に残るという形の言い伝えです。
見分け方は平らな面の浅い円形のくぼみです。
この図鑑には駒引き岩(山梨)も収めています。そちらも蹄の跡の話です。
駒石(こまいし)
日文研データベースが示す呼称。
切石(きりいし)
報告の題にある、弁慶が切ったとされる石です。
駒石の姿と特徴
駒石の姿は、記録に短く書かれています。
もの … 石。
そばにあるもの … 弁慶が切りつけたという大石。
乗っていた人 … 義経。
乗っていたもの … 駒。
残るもの … 蹄の跡。
見分け方 … 平らな面に浅い円形の凹があること。
石の大きさは書かれていません。
駒石の伝承記録
弁慶が大石を切る
弁慶が、道を塞いでいる大石を切りつけようとしました。
道をあけるための、力ずくのやり方です。
義経は見物する
そのとき、義経が駒に乗って見物していた石が駒石です。
手伝ってはいません。 見ていただけです。
蹄の跡が残る
今でも、蹄の跡が残ります。
石の平らな面に、浅い円形の凹があるものが駒石です。
見分け方まで、書き残されています。
駒石の伝承地域
公的データベースの地域欄は長野県飯田市を示します。
鼎は飯田市の南部にあたる地区です。
駒石の正体と考えられているもの
駒石は、見ていた側に残った跡です。
祟りという語は使われていません。 記されているのは、跡が残るということだけです。
それでも、見分け方が伝わっています。
この図鑑には駒引き岩(山梨)も収めています。
駒石が登場する作品
駒石を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学会誌です。
蹄の跡が残る石の話は各地にあり、名のある人物と結び付けて語られます。この図鑑には駒引き岩(山梨)も収めています。
駒石が登場する学会誌
伊那
伊那史学会の学会誌です。1984年の号に本島宏一の報告が載ります。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
駒石についてよくある質問
駒石とは何ですか。
長野県飯田市で、義経が駒に乗って見物したと伝わる石です。
何が残っていますか。
蹄の跡が残ると記録されています。
どう見分けますか。
平らな面に浅い円形のくぼみがあるものが駒石とされます。
弁慶は何をしましたか。
道を塞いでいる大石を切りつけようとしたとされます。
駒石と併せて覚えたい言葉・用語
駒(こま)
馬のことです。
鼎(かなえ)
長野県飯田市の地区名です。
伊那(いな)
伊那史学会の学会誌の名です。
駒石の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。