和歌山県田辺市の塚。秘術を使い合って死んだ七人の山伏の跡で、沖から青い火が見えるという。

七人塚とはどんな妖怪か
七人塚はひとことで言えば、術くらべに敗れた山伏の塚です。和歌山県田辺市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、南方熊楠「紀州の七人塚」(『郷土研究』3巻7号、1915年、22頁)を典拠に、次のように記します。
七人塚という所がある。昔、7人の山伏が住んでいた。ある日、沖を通る船を山伏たちが秘術で止めた。けれども、船中にも秘術を使う者がおり、沖から山伏を見つけ、秘術をもって7人の動きを止めたためたので、遂に死んでしまった。今も沖からその所を眺めると、怪しい青い火が夜光るという。
記録したのは南方熊楠です。 和歌山出身の博物学者で、民俗の記録も数多く残しました。
術を使い合った末に、七人が死んでいます。
そして、沖から見ると青い火が光るといいます。
七人塚の漢字表記と読み方
読みは「しちにんづか」です。
七人は、死んだ山伏の数です。
山伏は、山で修行する行者です。祈祷や術を行うとされました。
この図鑑には、山梨の七人地蔵も収めています。 七人という数は、各地の塚や怪異に繰り返し現れます。
七人塚(しちにんづか)
日文研データベースが示す漢字表記。
青い火(あおいひ)
同データベースが併記する呼称。
七人塚の姿と特徴
七人塚に妖怪の姿はありません。記録にあるのは、由来と火です。
住んでいた者 … 七人の山伏。
したこと … 沖を通る船を秘術で止めた。
相手 … 船中にも秘術を使う者がいた。
結末 … 沖から見つけられ、術で動きを止められて死んだ。
今 … 沖からその所を眺めると、怪しい青い火が夜光る。
山伏の姿が現れたという記述はありません。
七人塚の伝承記録
船を止めた七人の山伏
七人の山伏が住んでいました。
ある日、沖を通る船を秘術で止めました。
理由は書かれていません。 力を試したのか、通行を妨げたのかも分かりません。
しかし、船の側にも術者がいました。
沖から山伏を見つけ、術で七人の動きを止めます。
沖から見ると青い火
動きを止められた七人は、遂に死んでしまいました。
その跡が、七人塚です。
そして、今も沖からその所を眺めると、怪しい青い火が夜光るといいます。
見る方向が決まっています。沖から陸を見たときです。
術を使った者が、沖から見つけられて死んだ——その方向と重なります。
七人塚の伝承地域
公的データベースの地域欄は和歌山県田辺市を示します。南方熊楠が晩年を過ごした土地です。
塚の位置は書かれていないため、地図で指せるのは市の範囲までです。
七人塚の正体と考えられているもの
七人塚の火の正体は書かれていません。
死んだ七人の山伏と結び付けて語られています。
塚から出る火は各地にあります。この図鑑には、兵庫のオバメ(石子詰にされた者の塚から出る火)も収めています。
この話の特徴は、術くらべという筋です。 止める側と、見つける側がいます。
残ったのは、沖から見える青い火です。
七人塚が記録された資料
七人塚を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは南方熊楠の記事です。
南方熊楠は和歌山出身の博物学者で、民俗の記録も数多く残しました。全集や選集で読めます。
七人塚が記録された民俗資料
紀州の七人塚
南方熊楠が『郷土研究』3巻7号(1915年)に載せた中心資料です。
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七人塚についてよくある質問
七人塚とは何ですか。
和歌山県田辺市の塚です。秘術を使い合って死んだ七人の山伏の跡と伝えられます。
なぜ死んだのですか。
船を秘術で止めたところ、船中の術者に見つけられ、術で動きを止められたためと記録されています。
青い火とは何ですか。
今も沖からその所を眺めると夜に光るとされる火です。
誰が記録したのですか。
南方熊楠です。和歌山出身の博物学者で、民俗の記録も多く残しました。
七人塚と併せて覚えたい言葉・用語
山伏(やまぶし)
山で修行する行者。祈祷や術を行うとされました。
南方熊楠(みなかたくまぐす)
和歌山出身の博物学者。この記録の筆者です。
オバメ(おばめ)
兵庫県宝塚市の塚から出る火。同じく塚と火の話です。
七人塚の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。