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富山県

ワラカツギ(わらかつぎ)とはどんな妖怪か|姿と伝承

ワラカツギ  / ワラカツギ

人型の妖怪 各地の伝説

富山県富山市の波の長坂で、たくさんの藁を担いだ人とすれ違い、声をかけて振り返ると消えていた。

ワラカツギの姿を描いた図

comachiangel 「牛岳の草地(富山県富山市)」 2012年 / CC BY 3.0 出典

ワラカツギとはどんな妖怪か

ワラカツギは、振り返ると消えていた人影です。富山県富山市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、国学院大学民俗学研究会富山県婦負郡山田村」(『民俗採訪』国学院大学民俗学研究会、1983年)を典拠に、山田の人が見た話だが、波の長坂へ行ったら、たくさんの藁を担いでいる人とすれ違った、声を懸けて振り返るともういなかった。ワラカツギじゃといったと記します。

消えたのは振り返った後です。

すれ違ってから声を懸けて振り返るともういなかったのです。

この図鑑にはいたちが坂(長野)も収めています。

ワラカツギの漢字表記と読み方

読みは「わらかつぎ」です。

「担ぐ」は、肩にのせて運ぶことです。

「声を懸ける」は、呼びかけることです。

「山田」は報告の題にある旧村名です。

この図鑑にはいたちが坂(長野)も収めています。

ワラカツギ(わらかつぎ)

日文研データベースが示す呼称。

波の長坂(なみのながさか)

記録が示す、すれ違った坂の名です。

ワラカツギの姿と特徴

ワラカツギの話は、記録に短く書かれています。

話した人 … 山田の人。
行った場所 … 波の長坂。
すれ違った相手 … たくさんの藁を担いでいる人。
したこと … 声を懸けて振り返った。
そのとき … もういなかった。
土地の言い方 … ワラカツギじゃ。

顔かたちは書かれていません。

ワラカツギの伝承記録

  1. 波の長坂で
  2. 藁を担ぐ人
  3. 振り返ると消える

波の長坂で

山田の人が波の長坂へ行きました。

歩いていたのはです。

藁を担ぐ人

たくさんの藁を担いでいる人とすれ違いました。

担いでいたのはです。

振り返ると消える

声を懸けて振り返るともういませんでした。ワラカツギじゃといいました。

消えたのはその人です。

ワラカツギの伝承地域

公的データベースの地域欄は富山県、市郡名の欄は富山市を示します。

報告の題は旧郡村名で富山県婦負郡山田村と書かれています。

波の長坂(なみのながさか)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

波の長坂の所在地:富山県富山市

報告は国学院大学民俗学研究会の民俗採訪によります。

報告の題は旧村名の婦負郡山田村です。

ワラカツギの正体と考えられているもの

ワラカツギは、振り返ると消えていた人影です

害をなしてはいません。 語られているのは、何を担いでいたかと、いつ消えたかです。

呼びかけたことで消えるという運びが、すれ違いの怪の型です。

この図鑑にはいたちが坂(長野)も収めています。

ワラカツギが登場する作品

ワラカツギを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学生の調査報告です。

坂道ですれ違って消える人影の話は各地にあり、荷を担いだ姿で語られることがあります。

ワラカツギが登場する調査報告

民俗採訪

国学院大学民俗学研究会が出した報告です。1983年の号に山田村が載ります。

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ワラカツギについてよくある質問

ワラカツギとは何ですか。

富山県富山市の波の長坂で、藁を担いですれ違ったという人影です。

何を担いでいたのですか。

たくさんの藁です。

どうなったのですか。

声を懸けて振り返るともういなかったといいます。

誰が見たのですか。

山田の人が見た話と記録されています。

ワラカツギと併せて覚えたい言葉・用語

(わら)

稲などの茎を干したものです。

婦負郡(ねいぐん)

かつて富山県にあった郡です。

山田村(やまだむら)

いまの富山市の一部にあたる旧村名です。

ワラカツギの参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「ワラカツギ」