江戸後期、品川宿の旅籠で夜中に行灯の油を舐めていた飯盛女。客は化け猫だと思って逃げ出したが、舌が荒れる体質の女だった。

想山著聞奇集 「油を甞る女の事 の挿絵」 嘉永3年(1850)刊 / パブリックドメイン 出典
行灯の油を舐める女とはどんな怪異か
行灯の油を舐める女は、化け物に見えて、化け物ではなかった女の話です。
江戸後期の見聞集『想山著聞奇集』の巻の三「油を甞る女の事」に載っています。書き手の三好想山は、知り合いの板木師(本を刷る版木を彫る職人)から直接聞いた話として記しました。時は文政の中ごろ(1820年代)、場所は東海道の品川宿です。
夜更けに行灯へ顔を入れて油をすする女を見て、男は化け猫か古狸だと思い込み、雨の中を逃げ出しました。ところが逃げ込んだ隣の宿で、舌が荒れる体質の女で、油を塗るとしのぎやすく、そのうち好きになって舐めるようになったのだと聞かされます。
想山は話の終わりに、こうした思い違いから「化け物に会った」という話はいくらでも生まれるだろうと書き添えています。
行灯の油を舐める女の漢字表記と読み方
読みは「あんどんのあぶらをなめるおんな」です。原文の章題は「油を甞る女の事」で、「甞る」は「なめる」と読みます。
「飯盛女」は、宿場の旅籠で給仕をし、客の相手もした女性のことです。この話の女も、男が泊まった旅籠の飯盛女でした。
油を甞る女(あぶらをなめるおんな)
『想山著聞奇集』の章題「油を甞る女の事」の表記です。
行燈(あんどう)
原文の表記です。明治の活字本では「あんどう」と読みが振られています。
妖猫(ばけねこ)
男が最初に疑ったものです。原文は「妖猫」と書いて「ばけねこ」と読ませます。
行灯の油を舐める女の姿と特徴
男の目に、女はまず美しい飯盛女として映りました。原文は「顔形ちもよき飯盛女」と書き、宿を逃げ出す直前に行灯の前で見た顔も「ぞつとする程うつくしく」と書いています。
油を舐める前、女は男が眠ったかどうかを寝息で何度も確かめ、行灯を部屋の隅へ寄せて灯芯をかき立てました。そして行灯の中へ顔を差し入れ、油を吸い、舌打ちをしながら舐めたといいます。
舐め終えて顔を上げたとき、男にはさきほどの美しさが消え、別の顔に変わったように見えたそうです。ただし原文は「心のまよひにや」(気の迷いだろうか)と添えています。
行灯の油を舐める女が登場する古典の物語
大師参りの帰り、雨の品川宿へ
文政の中ごろ、板木師の男はひとりで大師河原の大師へ参詣に出かけました。帰りが遅くなり、鈴が森のあたりから雨が降り出して日が暮れ、観音前からは真っ暗になります。
品川宿を抜けかけたところで雨が強まり、男はしかたなく、宿の入口の「新宿」にある紅屋という旅籠に上がりました。
拠なく品川の宿の入口新宿と云所の紅屋と云旅籠屋へ上りて息をつぎしに
通されたのは、海の上へ張り出して造った広い奥座敷でした。
此座敷は海中へ造り出せし広き座敷にて。次第に雨風も強く。床の下へ汐の満来りて打入る音などすさまじく
夜更けに行灯の油をすする
相手の飯盛女は、俄か雨で客が多かったため、ほかの客のもとへ回っていました。ほかの座敷の騒ぎも静まったころ、女は上草履も履かずに駆け戻ってきます。
ところが女は床に入らず、男の寝息を確かめては行灯のほうへ行き、灯芯をかき立てました。男が寝たふりをして見ていると、
さしもうつくしき顔にゑみを含み。其まゝ行燈の中へ顔を差入れ油を吸たれば。忽ち首筋より水をつぎ入らるゝごとくぞつとして。魂も消る斗恐ろしく
男が思い浮かべたのは芝居の化け猫でした。化け物のまねでは並ぶ者のない名人とされた音羽屋(尾上菊五郎)が、化け猫になって油を舐める舞台でさえ恐ろしかったのに、目の前で本物に出会ってしまった、と考えたのです。猫又か古狸か、と男は息を殺して見ていました。
雨の中を隣の宿へ逃げる
女が床に入ろうとした拍子に、男は跳ね起きて廊下へ駆け出しました。女は「手水に行くのか」と追ってきて、はしごの下で引き留めます。
男は「八つ時には帰らないと家の都合が悪い」と言い張りました。宿の若い者が女を叱っても、女が涙ぐんで朝までいてほしいと頼んでも、聞き入れません。こんな安い店にこれほどの美人がいるはずがない、と男はかえって化け物だと思い込みました。
男は雨の中へ出て、すぐ隣の旅籠の戸を叩きます。酒を出してもらっても、なかなか動悸が静まりませんでした。
「油を甞ましたかへ」
男が「いま隣にいたが、相手の女は化け物だ」と話しはじめると、隣の宿の女も若い者も笑い出しました。
女が云には油を甞ましたかへと云故。其通りなり。知て居るかと問ふと。其位の事は存て居まする。あれは妖物ではござりませぬ
宿の女の説明では、ああいう女はときどきいるもので、舌が荒れる体質のため油を塗るとしのぎやすく、そのうち舐め慣れて好きになるのだそうです。薬として舐めるなら猪口でよいのに、灯火で温まった油を皿から舐めるのがうまいのだ、とも話しました。
あの女はもともと生まれも器量もよく、このあたりの飯盛女になるような人ではなかったが、この癖のために安い店へ身を落としていた、と男は聞かされます。男は「命拾いをしたほど恐ろしかった」と想山に語ったといいます。
行灯の油を舐める女の伝承地域
品川宿は東海道の最初の宿場で、南品川宿・北品川宿・歩行新宿の三つに分かれていました。江戸幕府が編んだ地誌『新編武蔵風土記稿』は、北品川宿の北隣が歩行新宿で、その先の八ツ山が江戸から宿へ入る入口だったと記しています。大師河原から江戸へ帰る男にとっては、品川宿を抜けきる手前の、いちばん江戸寄りの町でした。
この話の「新宿」は、いまの東京都新宿区(内藤新宿)ではありません。 国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは地域を新宿区としていますが、原文が書いているのは品川宿の入口です。
品川宿の歩行新宿(しながわしゅくのかちしんしゅく)
原文が「品川の宿の入口新宿」と書く場所
品川宿の歩行新宿の所在地:東京都品川区北品川
男が泊まった紅屋という旅籠があった所です。
原文の割注は「江戸よりの入口少し坂の有所なり」と説明しています。
行灯の油を舐める女の正体と考えられているもの
原文の答えははっきりしています。化け物ではなく、舌が荒れる体質の女でした。 宿の女たちは「あゝいふ女はたま〳〵には有もの」と話し、想山も、友人の内藤某からある屋敷の奥方にも同じ病があるという噂を聞いていたので、さほど珍しいことではないのだろう、と書いています。
男がすぐに化け猫を思い浮かべたのは、音羽屋が化け猫に扮して油を舐める芝居を見ていたからです。行灯の油を舐める姿が、そのまま化け猫の姿として頭に入っていました。
想山の結びはこうです。
去ながら夫切に逃帰りなば。実の妖物となるべし。世にはか様の間違にて妖物に逢たりと云事いくらも有らん。心得置べし。
もし男が隣の宿で話を聞かずに帰っていたら、この女は本物の化け物として語られていたはずだ、というのです。そのあとで想山は、驚かなかったために災いに遭うこともあるので一概には言えない、とも付け加えています。
行灯の油を舐める女が登場する作品
想山著聞奇集は、明治36年(1903)に田山花袋と柳田国男が校訂した『近世奇談全集』(博文館)に収められ、この話は512〜516ページにあります。同書は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されていて、原文と挿絵を読めます。
挿絵には、行灯に顔を寄せる女と、布団の中から目を開けてそれを見ている男が描かれています。
行灯の油を舐める女が登場する江戸の奇談集
想山著聞奇集
三好想山が若いころから聞き集めた話をまとめた本です。全5巻で、嘉永2年(1849)の序があり、嘉永3年(1850)に出ました。この話は巻の三「油を甞る女の事」で、挿絵が1枚付いています。
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行灯の油を舐める女についてよくある質問
行灯の油を舐める女は化け物ですか。
原文では化け物ではありません。舌が荒れる体質で油を舐めるようになった飯盛女だと、隣の宿の女たちが説明しています。
どこの話ですか。
東海道の品川宿で、江戸寄りの入口「新宿」(歩行新宿)にあった紅屋という旅籠の話です。いまの東京都新宿区ではありません。
いつの話ですか。
文政(1818〜1830年)の中ごろ、板木師の男が大師河原の大師へ参詣した帰りの出来事として、想山が書き留めています。
誰が書き残したのですか。
三好想山が、知り合いの板木師から直接聞いた話として『想山著聞奇集』巻の三に記しました。この本は嘉永3年(1850)に出ています。
なぜ化け猫だと思ったのですか。
音羽屋(尾上菊五郎)が化け猫に扮して油を舐める芝居を見ていて、夜更けに行灯へ顔を入れる女の姿を、その舞台と同じものだと思い込んだからです。
行灯の油を舐める女と併せて覚えたい言葉・用語
行灯(あんどん)
木や竹の枠に紙を張り、中の皿で油を燃やして明かりをとる道具です。
飯盛女(めしもりおんな)
宿場の旅籠で給仕をし、客の相手もした女性です。
板木師(はんぎし)
本や絵を刷るための版木を彫る職人です。
歩行新宿(かちしんしゅく)
品川宿をつくっていた三つの宿のうち、いちばん江戸寄りの宿です。
音羽屋(おとわや)
歌舞伎役者の尾上菊五郎の家の屋号です。
行灯の油を舐める女の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。