長崎県諫早市で、高潮の夜に現れて点々と光り、翌朝には稲が竹で結ばれていたという光。

稲田姫の怪光とはどんな妖怪か
稲田姫の怪光はひとことで言えば、稲を守った夜の光です。長崎県諫早市飯盛町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、大庭耀「千々石灘沿岸伝説」(『旅と伝説』12号、三元社、1928年、45頁)を典拠に、元亀元年、田結村は大海嘯に襲われた。刈りつけられた稲が流出しそうになったとき、稲田姫の神霊が現れ、夜陰の嵐の中、点々と怪しい光を見せた。その翌朝には風がやんで、水は引いた。そのとき、村の稲はことごとく竹で結び付けてあったというと記します。
光った跡に仕事が残っています。
光は点々と見えただけでしたが、朝には稲が竹で結ばれていました。 誰が結んだかは書かれていません。
稲田姫の怪光の漢字表記と読み方
読みは「いなだひめのかいこう」です。
「怪光」は、あやしい光のことです。
元亀元年は西暦一五七〇年にあたります。
「海嘯」は高潮や津波を指す古い言い方です。
この図鑑には不知火(九州)も収めています。どちらも海辺で点々と見える光です。
稲田姫の怪光(いなだひめのかいこう)
日文研データベースが示す呼称は「稲田姫,怪光」です。
稲田姫(いなだひめ)
光の主とされる神霊の名です。
稲田姫の怪光の姿と特徴
稲田姫の怪光の姿は、記録に短く書かれています。
出た年 … 元亀元年。
きっかけ … 大海嘯で刈った稲が流出しそうになった。
現れたもの … 稲田姫の神霊。
見えかた … 夜陰の嵐の中、点々と怪しい光。
翌朝 … 風がやみ、水が引いた。
残っていたもの … 村の稲がことごとく竹で結び付けてあった。
光の色や数は書かれていません。
稲田姫の怪光の伝承記録
田結村の高潮
元亀元年、田結村は大海嘯に襲われました。
年号まではっきり書かれています。
嵐の中の光
刈りつけられた稲が流出しそうになったとき、稲田姫の神霊が現れ、夜陰の嵐の中、点々と怪しい光を見せました。
見えたのは光だけです。
竹で結ばれた稲
翌朝には風がやんで、水は引きました。そのとき、村の稲はことごとく竹で結び付けてありました。
残ったのは手のあとでした。
稲田姫の怪光の伝承地域
公的データベースの地域欄は長崎県諫早市飯盛町を示します。
田結は橘湾に面した集落で、記録の「千々石灘沿岸」にあたります。
稲田姫の怪光の正体と考えられているもの
稲田姫の怪光は、稲を守ったとされる光です。
害を出した話ではありません。 語られているのは、流されかけた稲が朝には結ばれていたという一点です。
光は点々と見えただけで、結んだ手は誰にも見られていません。
この図鑑には不知火(九州)も収めています。
稲田姫の怪光が登場する作品
稲田姫の怪光を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の伝説雑誌です。
海辺で点々と見える光の話は九州に多く、不知火の名で知られます。この図鑑には不知火(九州)も収めています。
稲田姫の怪光が登場する雑誌
旅と伝説
三元社が出した伝説の雑誌です。1928年の号に千々石灘沿岸伝説が載ります。
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稲田姫の怪光についてよくある質問
稲田姫の怪光とは何ですか。
長崎県諫早市飯盛町の田結で、高潮の夜に点々と見えたと語られる光です。
いつのことですか。
元亀元年、西暦一五七〇年にあたると記録されています。
翌朝どうなっていましたか。
風がやんで水が引き、村の稲がことごとく竹で結び付けてあったといいます。
稲田姫とは誰ですか。
光の主とされる神霊で、記録はそれ以上を述べていません。
稲田姫の怪光と併せて覚えたい言葉・用語
海嘯(かいしょう)
高潮や津波を指す古い言い方です。
元亀(げんき)
室町時代の年号。元年は西暦一五七〇年です。
千々石灘(ちぢわなだ)
長崎県の橘湾一帯を指す古い呼び方です。
稲田姫の怪光の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。