本文へ移動

京都府

柳大明神(やなぎだいみょうじん)とはどんな妖怪か|姿と伝承

柳大明神  / ヤナギダイミョウジン

神になった妖怪 各地の伝説

京都府宇治市の岡の屋にあった宮。近辺の牛が多数死んだが、基凞公の詠んだ和歌の徳でやんだという。

柳大明神の姿を描いた図

Hyppolyte de Saint-Rambert 「宇治橋と宇治川(京都府宇治市)」 2024年 / CC BY 4.0 出典

柳大明神とはどんな妖怪か

柳大明神は、和歌でやんだ牛の病です。京都府宇治市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、慈延鄰女晤言」(『日本随筆大成第二期』吉川弘文館、1974年)を典拠に、岡の屋のあたりに柳大明神という宮があった。その近辺の民家の牛が、病にかかり多数死ぬことがあったが、村の長が基凞公に和歌を依頼したところ、基凞は「あはれみをたるる柳の神なればしぬるをうしと思はざらめや」と詠んだ。その和歌の徳により、牛が死ぬ事はなくなったと記します。

効いたのは薬ではありません。

効いたのは和歌の徳でした。

この図鑑には柳の魂魄(長野)も収めています。

柳大明神の漢字表記と読み方

読みは「やなぎだいみょうじん」です。

「大明神」は、神をうやまって呼ぶ言い方です。

「徳」はここでは、はたらきや効き目のことです。

「村の長」は、村をとりまとめる人のことです。

この図鑑には柳の魂魄(長野)も収めています。

柳大明神(やなぎだいみょうじん)

日文研データベースが示す呼称。

和歌の徳(わかのとく)

データベースが並べて示す呼称。

柳大明神の姿と特徴

柳大明神の話は、記録に順を追って書かれています。

その場所 … 岡の屋のあたり。
あったもの … 柳大明神という宮。
起きたこと … 近辺の民家の牛が病にかかり多数死んだ。
頼んだ人 … 村の長。
頼んだ相手 … 基凞公。
頼んだこと … 和歌。
詠まれた歌 … あはれみをたるる柳の神なればしぬるをうしと思はざらめや。
その結果 … 牛が死ぬ事はなくなった。

宮のようすは書かれていません。

柳大明神の伝承記録

  1. 岡の屋の宮
  2. 牛が多数死ぬ
  3. 和歌を依頼する
  4. 歌の徳

岡の屋の宮

岡の屋のあたりに柳大明神という宮がありました。

あったのはです。

牛が多数死ぬ

その近辺の民家の牛が、病にかかり多数死ぬことがありました。

倒れたのはです。

和歌を依頼する

村の長が基凞公に和歌を依頼しました。

求めたのはです。

歌の徳

基凞は「あはれみをたるる柳の神なればしぬるをうしと思はざらめや」と詠み、その和歌の徳により、牛が死ぬ事はなくなりました。

やんだのはです。

柳大明神の伝承地域

公的データベースの地域欄は京都府、市郡名の欄は宇治市を示します。

論文名は鄰女晤言で、慈延の随筆です。

岡の屋(おかのや)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

岡の屋の所在地:京都府宇治市

報告は吉川弘文館の日本随筆大成によります。

記録は宮のあった場所を「岡の屋のあたり」と書いています。

柳大明神の正体と考えられているもの

柳大明神は、和歌でやんだ牛の病です

怪しい姿は出てきません。 語られているのは、誰に頼んだかと、何が効いたかです。

柳の神に「垂れる」を掛け、牛に「うし」を掛けた歌が、そのまま効き目として語られています。

この図鑑には柳の魂魄(長野)も収めています。

柳大明神が登場する作品

柳大明神を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは随筆を集めた叢書です。

和歌に力があるという考えは古くからあり、歌で雨を呼び病をやめる話を各地に生みました。

柳大明神が登場する随筆

日本随筆大成第二期

吉川弘文館が1974年に出した叢書です。慈延の鄰女晤言を収めます。

近畿の妖怪の本を探す

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

柳大明神についてよくある質問

柳大明神とは何ですか。

京都府宇治市の岡の屋のあたりにあったという宮です。

何が起きたのですか。

近辺の民家の牛が病にかかり多数死んだといいます。

誰が歌を詠んだのですか。

村の長が依頼した基凞公です。

どうなりましたか。

その和歌の徳により、牛が死ぬ事はなくなったといいます。

柳大明神と併せて覚えたい言葉・用語

大明神(だいみょうじん)

神をうやまって呼ぶ言い方です。

(とく)

ここでは、はたらきや効き目のことです。

宇治市(うじし)

京都府南部の市です。

柳大明神の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「柳大明神,和歌の徳」