京都市下京区で、老僧の御告げの翌朝に見つかった、背に車の輪形のある地蔵。牛馬の重苦を救うという。

Smiley.toerist 「東本願寺の阿弥陀堂(京都府京都市下京区)」 2024年 / CC BY-SA 4.0 出典
輪形地蔵とはどんな妖怪か
輪形地蔵は、牛馬の苦を救う地蔵です。京都府京都市下京区の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、中山孝吉郎「京都の地蔵尊(承前)」(『土の鈴』土の鈴会、1922年)を典拠に、慶長5年3月15日の夜、枕上に老僧が立って、御告げをした。次の朝、背に車の輪形のある地蔵を見つけた。牛馬の重苦を救うものであるという。今は正行院内にありと記します。
しるしは背にあります。
見つかった地蔵の背には車の輪形がありました。
この図鑑には六ツ地蔵(長野)も収めています。
輪形地蔵の漢字表記と読み方
読みは「わがたじぞう」です。
「枕上」は、寝ている人の枕もとのことです。
「御告げ」は、神仏が夢などで知らせることです。
「重苦」は、重い荷を負わされる苦しみのことです。
この図鑑には六ツ地蔵(長野)も収めています。
輪形地蔵(わがたじぞう)
日文研データベースが示す呼称。
正行院(しょうぎょういん)
記録が示す、いまの安置先です。
輪形地蔵の姿と特徴
輪形地蔵の話は、記録に順を追って書かれています。
その日 … 慶長5年3月15日の夜。
立った者 … 老僧。
立った場所 … 枕上。
したこと … 御告げをした。
次の朝見つけたもの … 地蔵。
その背にあるもの … 車の輪形。
その働き … 牛馬の重苦を救う。
いまの場所 … 正行院内。
御告げの言葉そのものは書かれていません。
輪形地蔵の伝承記録
枕上の老僧
慶長5年3月15日の夜、枕上に老僧が立って、御告げをしました。
立ったのは枕もとです。
背に車の輪形
次の朝、背に車の輪形のある地蔵を見つけました。
あったのは車の輪形です。
牛馬の重苦を救う
牛馬の重苦を救うものであるといいます。
救われるのは牛馬です。
いまは正行院に
今は正行院内にあります。
移ったのは寺の内です。
輪形地蔵の伝承地域
公的データベースの地域欄は京都府、市郡名の欄は京都市、区町村名の欄は下京区を示します。
報告は1922年のもので、今はという記述はその時点のものです。
輪形地蔵の正体と考えられているもの
輪形地蔵は、牛馬の苦を救う地蔵です。
恐ろしいものではありません。 語られているのは、どう見つかったかと、何を救うかです。
背の輪形が荷車の輪を思わせることから、牛馬の重苦と結びついたと読めます。
この図鑑には六ツ地蔵(長野)も収めています。
輪形地蔵が登場する作品
輪形地蔵を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大正期の郷土雑誌です。
牛馬を守る仏は各地にまつられ、馬頭観音や牛の宮の名で知られます。
輪形地蔵が登場する郷土誌
土の鈴
土の鈴会が出した雑誌です。1922年の号に京都の地蔵尊が載ります。
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輪形地蔵についてよくある質問
輪形地蔵とは何ですか。
京都市下京区にある、背に車の輪形があるという地蔵です。
どう見つかったのですか。
慶長五年三月十五日の夜の御告げの翌朝に見つかったといいます。
何を救うのですか。
牛馬の重苦を救うものであるといいます。
いまはどこにありますか。
記録は正行院内にあると書いています。
輪形地蔵と併せて覚えたい言葉・用語
枕上(まくらがみ)
寝ている人の枕もとのことです。
重苦(じゅうく)
重い荷を負わされる苦しみのことです。
慶長(けいちょう)
1596年から1615年までの年号です。
輪形地蔵の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。