香川県丸亀市で、墓のそばの屋敷に出て、夜の便所を覗いたという子。

オショボの子とはどんな妖怪か
オショボの子はひとことで言えば、我が子と間違えた影です。香川県丸亀市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、水野一典「綾歌郡飯山町下法軍寺の聞書」(『四国民俗』通巻11号、1983年、34頁)を典拠に、墓のそばにオショボの子がよく出る屋敷があった。そこの嫁さんが夜便所に行くと、オショボの子が覗いた。我が子かと思って子の名を呼んで外に出たが、姿は見えなかったというと記します。
名を呼んでいます。
怖がったのではありません。 我が子だと思って、名を呼んで外に出ています。
オショボの子の漢字表記と読み方
読みは「おしょぼのこ」です。
下法軍寺は、旧綾歌郡飯山町にあった地区で、今の丸亀市にあたります。
出る場所は、墓のそばの屋敷と記されます。
この図鑑には子泣き塚(茨城)も収めています。どちらも子の声や姿が出ます。
オショボの子(おしょぼのこ)
日文研データベースが示す呼称。
オショボ(おしょぼ)
記録の中で使われている呼び名の元です。
オショボの子の姿と特徴
オショボの子の姿は、記録に短く書かれています。
出る場所 … 墓のそばの屋敷。
出る頻度 … よく出る。
見た人 … その屋敷の嫁さん。
そのとき … 夜、便所に行ったとき。
したこと … 覗いた。
嫁さんの受け取り方 … 我が子かと思った。
名を呼んで外に出ましたが、姿は見えませんでした。
オショボの子の伝承記録
墓のそばの屋敷
墓のそばに、オショボの子がよく出る屋敷がありました。
一度きりではありません。 よく出ると書かれています。
便所を覗く
そこの嫁さんが夜便所に行くと、オショボの子が覗きました。
声も、手も出しません。
覗いただけです。
名を呼ぶが姿はない
我が子かと思って子の名を呼んで外に出ましたが、姿は見えませんでした。
逃げたとは書かれていません。
もういなかった、とだけあります。
オショボの子の伝承地域
公的データベースの地域欄は香川県丸亀市を示します。
下法軍寺は飯野山のふもとにあたる地区です。
オショボの子の正体と考えられているもの
オショボの子は、取り違えられた姿です。
祟りという語は使われていません。 記されているのは、覗いたことと、見えなかったことだけです。
それでも、名前が付いています。
この図鑑には子泣き塚(茨城)も収めています。
オショボの子が登場する作品
オショボの子を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学会誌です。
夜の便所に出るものの話は各地にあり、覗くという形をとることがあります。この図鑑には子泣き塚(茨城)も収めています。
オショボの子が登場する学会誌
四国民俗
四国民俗学会の学会誌です。1983年の号に水野一典の聞書が載ります。
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オショボの子についてよくある質問
オショボの子とは何ですか。
香川県丸亀市で、墓のそばの屋敷によく出たとされる子です。
いつ出ますか。
夜、便所に行ったときと記録されています。
何をしますか。
覗いたとされます。
その後どうなりましたか。
名を呼んで外に出ましたが、姿は見えなかったとされます。
オショボの子と併せて覚えたい言葉・用語
飯山町(はんざんちょう)
香川県の旧町名。今の丸亀市にあたります。
飯野山(いいのやま)
讃岐富士とも呼ばれる香川県の山です。
聞書(ききがき)
土地の人から聞いた話を書きとめたものです。
オショボの子の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。