茨城県土浦市で、行き倒れた女の田に出るとされ、遅くまで遊ぶ子を連れて行くと言われた老婆。

しょうづがばばあとはどんな妖怪か
しょうづがばばあはひとことで言えば、子供を家へ帰す名です。茨城県土浦市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、内田清司「稲敷の病人田(忌地)伝説」(『茨城の民俗』通巻24号、茨城民俗学の会、1985年、177頁)を典拠に、昔雪の降った翌朝一人の女が寒さで行倒れになって凍死していた。この田の所を夜になって通ると、お化が出ると言って、子供は夕方になると通らなかった。又遅くまで遊んでいると、しよおづかばばあにつれて行かれると子供を驚ろかしたと記します。
始まりは一人の死です。
雪の翌朝、行き倒れて凍死した女がありました。 その田が、通らない場所になります。
しょうづがばばあの漢字表記と読み方
読みは「しょうづがばばあ」です。
「しょうづか」は三途の川のほとりを指す言葉で、奪衣婆の別名にも使われます。
「病人田」「忌地」は、作ると病むと言われた田のことです。
この図鑑には奪衣婆(各地)も収めています。土浦のこの話は、行き倒れた女と結びついています。
しょうづがばばあ(しょうづがばばあ)
日文研データベースが示す呼称。
しよおづかばばあ(しょおづかばばあ)
記録の本文中で用いられている書き方です。
しょうづがばばあの姿と特徴
しょうづがばばあの姿は、記録に短く書かれています。
始まり … 雪の降った翌朝、一人の女が寒さで行き倒れて凍死していた。
出る場所 … その田のところ。
出る時 … 夜。
子供のしたこと … 夕方になると通らなかった。
言われたこと … 遅くまで遊んでいると連れて行かれる。
老婆の姿かたちは書かれていません。
しょうづがばばあの伝承記録
雪の翌朝
昔、雪の降った翌朝、一人の女が寒さで行倒れになって凍死していました。
始まりは実際の死です。
通らない田
この田の所を夜になって通ると、お化が出ると言って、子供は夕方になると通りませんでした。
避けられたのは一つの田です。
連れて行かれる
遅くまで遊んでいると、しよおづかばばあにつれて行かれると子供を驚かしました。
言ったのは大人のほうです。
しょうづがばばあの伝承地域
公的データベースの地域欄は茨城県土浦市を示します。
典拠の論文は稲敷の病人田(忌地)伝説と題され、作ると病むとされた田を集めたものです。
しょうづがばばあの正体と考えられているもの
しょうづがばばあは、行き倒れた女と結びつけられた名です。
祟ったとは書かれていません。 語られているのは、子供が夕方に通らなかったという一点です。
名は三途の川のほとりを指す言葉から来ています。
この図鑑には奪衣婆(各地)も収めています。
しょうづがばばあが登場する作品
しょうづがばばあを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは茨城の民俗学会の雑誌です。
三途の川のほとりの老婆は奪衣婆の名で知られます。この図鑑には奪衣婆(各地)も収めています。
しょうづがばばあが登場する学会誌
茨城の民俗
茨城民俗学の会が出した雑誌です。1985年の号に稲敷の病人田伝説が載ります。
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しょうづがばばあについてよくある質問
しょうづがばばあとは何ですか。
茨城県土浦市で、行き倒れた女の田に出るとされ、遅くまで遊ぶ子を連れて行くと言われた老婆です。
なぜその田に出るのですか。
雪の翌朝、一人の女が寒さで行き倒れて凍死した場所と記録されています。
名前の由来は何ですか。
三途の川のほとりを指す「しょうづか」から来た名です。
奪衣婆と同じですか。
名は同じ語から来ていますが、土浦の話は行き倒れた女と結びついています。
しょうづがばばあと併せて覚えたい言葉・用語
しょうづか(しょうづか)
三途の川のほとりを指す言葉です。
忌地(いみち)
作ると病むと言われて避けられた土地のことです。
奪衣婆(だつえば)
三途の川で死者の衣を剥ぐとされる老婆です。
しょうづがばばあの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。