群馬県沼田市で、戦地の息子が枕元に立ち、翌朝に戦死の報せが届いたという話。

戦死の知らせとはどんな妖怪か
戦死の知らせはひとことで言えば、帰ってきた息子です。群馬県沼田市下川田町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、上野勇「利根の妖恠・幽霊」(『上毛民俗』上毛民俗学会、1966年)を典拠に、真夜中に目を覚ますと、兵隊に行った息子が枕元にいた。お腹がすいたというので仕度しようとすると、「まあいいよ、じゃあさようなら」と言って消えた。台所へ行くと、おかまのふたがあいていた。翌朝早く、役場から戦死の知らせが来たと記します。
跡が残っています。
消えたあと、台所のおかまのふたがあいていました。 空腹だと言った言葉に、目に見えるあとが伴っています。
戦死の知らせの漢字表記と読み方
読みは「せんしのしらせ」です。
「枕元に立つ」は、死者や遠くの人が夢とも現ともつかない形で現れることを指します。
報告は一九六六年で、書き手は利根地方の怪異と幽霊を集めていました。
戦時中の話として記録されています。
戦死の知らせ(せんしのしらせ)
日文研データベースが示す呼称。
虫の知らせ(むしのしらせ)
同じたぐいの出来事を指す一般的な言い方です。
戦死の知らせの姿と特徴
戦死の知らせの様子は、記録に短く書かれています。
時 … 真夜中。
現れた者 … 兵隊に行った息子。
現れた場所 … 枕元。
言ったこと … お腹がすいた。
去りぎわの言葉 … まあいいよ、じゃあさようなら。
そのあと … 台所のおかまのふたがあいていた。
翌朝 … 役場から戦死の知らせが来た。
息子の姿かたちは書かれていません。
戦死の知らせの伝承記録
枕元の息子
真夜中に目を覚ますと、兵隊に行った息子が枕元にいました。
戦地にいるはずの者が家にいます。
お腹がすいた
お腹がすいたというので仕度しようとしました。
求めたのは食べ物でした。
さようなら
「まあいいよ、じゃあさようなら」と言って消えました。
別れの言葉を残しています。
あいていたふた
台所へ行くと、おかまのふたがあいていました。翌朝早く、役場から戦死の知らせが来ました。
知らせはあとから届きました。
戦死の知らせの伝承地域
公的データベースの地域欄は群馬県沼田市下川田町を示します。
論文名の利根は、沼田市を含む利根地方を指します。
戦死の知らせの正体と考えられているもの
戦死の知らせは、死を先に告げに来たとされる姿です。
祟った話ではありません。 語られているのは、空腹を告げ、別れを言い、消えたという順序です。
残ったのはおかまのふたという、手で触れられる跡でした。
戦死の知らせが登場する作品
戦死の知らせを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは群馬の民俗学会の雑誌です。
戦地の身内が枕元に立つ話は各地にあり、戦後にまとめて記録されました。
戦死の知らせが登場する学会誌
上毛民俗
上毛民俗学会が出した雑誌です。1966年の号に利根の妖恠・幽霊が載ります。
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戦死の知らせについてよくある質問
戦死の知らせとは何ですか。
群馬県沼田市で、戦地の息子が枕元に立ち、翌朝に戦死の報せが届いたと語られる話です。
息子は何と言いましたか。
お腹がすいたと言い、去りぎわに「まあいいよ、じゃあさようなら」と言ったと記録されています。
跡は残りましたか。
台所のおかまのふたがあいていたといいます。
いつの話ですか。
記録は年を書いていませんが、戦時中の出来事として語られています。
戦死の知らせと併せて覚えたい言葉・用語
枕元(まくらもと)
寝ている人の頭のあたりのことです。
おかま(おかま)
飯を炊くための鉄の器です。
利根(とね)
群馬県北部、利根川上流の地方の呼び名です。
戦死の知らせの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。