岐阜県揖斐川町で、雨の日に火の玉が見え、記憶をなくした人もいるという戦士の墓。

十三塚とはどんな妖怪か
十三塚はひとことで言えば、戦の跡に残った塚です。岐阜県揖斐郡揖斐川町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、安浪香理,柴田操,岡田喜代子,田川尚美「口承文芸」(『中京民俗』通巻27号、1990年、128頁)を典拠に、織田信長と斎藤道三の戦士が十三塚のあたりで戦って、そのときに亡くなった戦士の墓で、雨がしとしと降る日には火の玉が見えるという。あるおばあさんはこのあたりで記憶がなくなってしまった。戦士の霊によるものらしいと記します。
天気が決まっています。
雨がしとしと降る日です。 晴れた日とは書かれていません。
十三塚の漢字表記と読み方
読みは「じゅうさんづか」です。
十三塚は、十三の塚を並べて築いたものを指し、各地にあります。 戦の死者を葬ったと伝えるものが多くあります。
織田信長と斎藤道三が争ったのは戦国のなかばです。
この図鑑には古戦場火(各地)も収めています。そちらも戦の跡の火です。
十三塚(じゅうさんづか)
日文研データベースが示す呼称。
火の玉(ひのたま)
記録が併記する呼び名です。
十三塚の姿と特徴
十三塚に姿はありません。記録にあるのは、火の玉と、起きたことです。
塚の由来 … 織田信長と斎藤道三の戦士の墓。
戦った場所 … 十三塚のあたり。
見えるもの … 火の玉。
見える天気 … 雨がしとしと降る日。
起きたこと … あるおばあさんが、このあたりで記憶をなくした。
土地の見方 … 戦士の霊によるものらしい。
火の玉の色や大きさは書かれていません。
十三塚の伝承記録
戦士の墓
織田信長と斎藤道三の戦士が十三塚のあたりで戦い、そのときに亡くなった戦士の墓です。
塚の名が、死者の数を思わせます。
雨の日に火の玉
雨がしとしと降る日には、火の玉が見えるといいます。
強い雨ではありません。
しとしとと書かれています。
記憶をなくす
あるおばあさんは、このあたりで記憶がなくなってしまいました。
戦士の霊によるものらしいといいます。
見るだけでは終わらない、実際に起きた出来事が添えられています。
十三塚の伝承地域
公的データベースの地域欄は岐阜県揖斐郡揖斐川町を示します。
揖斐川町は揖斐川の上流の山あいにあたります。
十三塚の正体と考えられているもの
十三塚は、戦の記憶が残った場所です。
祟りという語は使われていません。 記されているのは、火の玉と、記憶をなくしたことだけです。
それでも、霊のしわざと受け取られています。
この図鑑には古戦場火(各地)も収めています。
十三塚が登場する作品
十三塚を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の会誌です。
戦の跡に火が出る話は各地にあり、雨の日に結び付けて語られます。この図鑑には古戦場火(各地)も収めています。
十三塚が登場する学会誌
中京民俗
中京大学民俗学研究会の会誌です。1990年の号に口承文芸が載ります。
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十三塚についてよくある質問
十三塚とは何ですか。
岐阜県揖斐川町にあり、戦で亡くなった戦士の墓と伝わる塚です。
何が見えますか。
雨がしとしと降る日には火の玉が見えると記録されています。
何か起きましたか。
あるおばあさんがこのあたりで記憶をなくしたとされます。
誰の戦いですか。
織田信長と斎藤道三の戦士の戦いと記されています。
十三塚と併せて覚えたい言葉・用語
十三塚(じゅうさんづか)
十三の塚を並べて築いたもの。各地にあります。
斎藤道三(さいとうどうさん)
美濃を治めた戦国時代の武将です。
揖斐川(いびがわ)
岐阜県を流れ、伊勢湾にそそぐ川です。
十三塚の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。