福岡県の話。景行天皇の船を動かなくした二柱の神。祈って奉仕させると船は進んだ。
大倉主とはどんな妖怪か
大倉主は、船を止めた神です。福岡県の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、丸山角治「船咎めの神-人間に祭りを覔める神々の啓示-」(『旅と伝説』三元社、1940年)を典拠に、引用文献を『日本書紀』として、景行天皇が崗浦に船を浮かべて海上に出たところ、大倉主と菟夫羅媛によって船を動かなくされたと記します。
祭りを求めていました。
先導役の熊鰐は困り果てたが、天皇が伊賀彦を以って2人の神に奉仕させ、自らも祈祷を行ったため、船は再び進むことができたと結ばれます。
この図鑑には水神様(福岡)も収めています。
大倉主の漢字表記と読み方
読みは「おおくらぬし」です。
データベースの呼称欄は「大倉主,莵夫羅媛」と二つを並べています。
「奉仕」は、神につかえることです。
「祈祷」は、神仏に祈ることです。
この図鑑には水神様(福岡)も収めています。
大倉主(おおくらぬし)
データベースの呼称欄は「大倉主,莵夫羅媛」と示します。
菟夫羅媛(つぶらひめ)
記録が示す、もう一柱の神の名です。
崗浦(おかのうら)
記録が示す、船を浮かべた浦の名です。
大倉主の姿と特徴
大倉主の話は、記録に順を追って書かれています。
その人 … 景行天皇。
したこと … 崗浦に船を浮かべて海上に出た。
止めた神(一) … 大倉主。
止めた神(二) … 菟夫羅媛。
その結果 … 船が動かなくなった。
困った人 … 先導役の熊鰐。
天皇のしたこと(一) … 伊賀彦を以って2人の神に奉仕させた。
天皇のしたこと(二) … 自らも祈祷を行った。
その結果 … 船は再び進むことができた。
神の姿は書かれていません。
大倉主の伝承記録
崗浦の船
景行天皇が崗浦に船を浮かべて海上に出ました。
出たのは海です。
船が動かない
大倉主と菟夫羅媛によって船を動かなくされました。
止めたのは二柱の神です。
先導役が困る
先導役の熊鰐は困り果てました。
困ったのは案内役です。
奉仕させて祈る
天皇が伊賀彦を以って2人の神に奉仕させ、自らも祈祷を行いました。
立てたのはつかえる人です。
船が進む
そのため、船は再び進むことができました。
動いたのは祈ってからです。
大倉主の伝承地域
公的データベースの地域欄は福岡県を示します。市郡名の欄は空欄です。
記録は『日本書紀』を引いており、景行天皇の巡幸の場面にあたります。
大倉主の正体と考えられているもの
大倉主は、船を止めた神です。
沈める話ではありません。 語られているのは、動かなくされたことと、つかえる人を立てて解いたことです。
その125で収めた石廊権現と同じ「船咎めの神」の一つとして報告されています。
この図鑑には水神様(福岡)も収めています。
大倉主が登場する作品
大倉主は、日本書紀の景行天皇の巡幸の場面に現れます。読めるのは戦前の雑誌の報告と、その典拠の歴史書です。
船を止めて祭りを求める神の話は各地の浦にあり、つかえる人を立てて解かれます。
大倉主が登場する雑誌
旅と伝説
三元社が出した雑誌です。1940年の号に船咎めの神が載ります。
大倉主が登場する古い書物
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大倉主についてよくある質問
大倉主とは何ですか。
福岡県に伝わる、景行天皇の船を動かなくしたという神です。
もう一柱は誰ですか。
菟夫羅媛という神です。
どうやって解いたのですか。
伊賀彦を二柱の神に奉仕させ、天皇自らも祈祷を行ったといいます。
どこに書かれていますか。
日本書紀を、戦前の雑誌の報告が引いています。
大倉主と併せて覚えたい言葉・用語
崗浦(おかのうら)
遠賀川の河口あたりとされる浦の名です。
奉仕(ほうし)
神につかえることです。
祈祷(きとう)
神仏に祈ることです。
大倉主の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。