福岡県の話。天判山で三日三晩祈った菅原道真。貶めた者は悉く雷に打たれて死んだという。
菅神とはどんな妖怪か
菅神は、山で三日三晩祈った人です。福岡県の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、百井塘雨「笈埃随筆」(『日本随筆大成第二期』吉川弘文館、1974年)を典拠に、筑前の福岡の府から西南方向に高い山があり、これは天判山と呼ばれると記します。
そこで祈りました。
菅神である菅原道真がこの地に左遷された時、彼を貶めた者を恨み、この山で三日三晩天に祈ると、その者は悉く雷に打たれて死んだというと結ばれます。
この図鑑には川姫(福岡)も収めています。
菅神の漢字表記と読み方
読みは「かんじん」です。
「菅神」は、菅原道真を神として呼ぶ言い方です。
「筑前」は、福岡県の西部にあたる古い国名です。
「悉く」は、ことごとくと読み、残らずという意味です。
この図鑑には川姫(福岡)も収めています。
菅神(かんじん)
日文研データベースが示す呼称です。菅原道真のことです。
天判山(てんぱんざん)
記録が示す山の名です。福岡の西南にあると記されます。
左遷(させん)
記録が示す語です。低い位に落として遠地へ移すことをいいます。
菅神の姿と特徴
菅神の話は、記録に短くまとめられています。
その山 … 筑前の福岡の府から西南方向にある高い山。
その名 … 天判山。
その人 … 菅神である菅原道真。
そのとき … この地に左遷された時。
したこと(一) … 彼を貶めた者を恨んだ。
したこと(二) … この山で三日三晩天に祈った。
その結果 … その者は悉く雷に打たれて死んだ。
姿は書かれていません。
菅神の伝承記録
天判山
筑前の福岡の府から西南方向に高い山があり、天判山と呼ばれます。
あるのは府の西南です。
左遷される
菅原道真がこの地に左遷されました。
移されたのは都からです。
貶めた者を恨む
彼を貶めた者を恨みました。
向けたのは恨みです。
三日三晩
この山で三日三晩天に祈りました。
続けたのは三日です。
雷に打たれる
その者は悉く雷に打たれて死んだといいます。
落ちたのは雷です。
菅神の伝承地域
公的データベースの地域欄は福岡県を示すのみで、市郡名・区町村名の欄は空欄です。
記録は笈埃随筆という江戸中期の紀行随筆で、各地の見聞を集めたものです。
菅神の正体と考えられているもの
菅神は、山で三日三晩祈った人です。
怪しいものの話ではありません。 語られているのは、貶めた者を恨んで祈ったことと、その者が悉く雷に打たれたことです。
道真の恨みが雷になるという語りは全国にあり、天神として祀られる由来です。
この図鑑には川姫(福岡)も収めています。
菅神が登場する作品
菅神を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは江戸中期の随筆と、それを収めた叢書です。
道真の雷の話は全国にあり、天神信仰の元になっています。
菅神が登場する古い書物
笈埃随筆
百井塘雨が書いた江戸中期の紀行随筆です。
菅神が登場する本
日本随筆大成
吉川弘文館が出した叢書です。笈埃随筆を収めています。
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菅神についてよくある質問
菅神とは誰ですか。
菅原道真を神として呼ぶ言い方です。
どこで祈ったのですか。
筑前の福岡の府から西南方向にある天判山だと記されています。
どのくらい祈ったのですか。
三日三晩、天に祈ったといいます。
どうなりましたか。
彼を貶めた者は悉く雷に打たれて死んだと記されています。
菅神と併せて覚えたい言葉・用語
菅原道真(すがわらのみちざね)
平安時代の学者で、大宰府に左遷されました。天神として祀られます。
左遷(させん)
低い位に落として遠地へ移すことです。
筑前(ちくぜん)
福岡県の西部にあたる古い国名です。
菅神の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。