愛媛県東温市で、棺にされた木の切り株から芽が出て、また四角い大木になったという椋。

sk01 「東温白糸の滝(愛媛県東温市)」 2014年 / CC BY-SA 3.0 出典
椋樹とはどんな妖怪か
椋樹はひとことで言えば、同じ形に戻った木です。愛媛県東温市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、別府頼雄「重信町の伝説」(『伊予路』通巻3号、1958年、15頁)を典拠に、幹が四角になっている椋の木がある。昔、木の下に住んでいる老人が、ある時死期を予感して去って行った。村人は老人のため椋の木を切って、棺を作った。その四方から芽が出て、抱き合うようにまた四角い幹の椋の大木となった。そして木の下に小さな祠をたてたと記します。
四角いのは、切られた跡です。
四方から芽が出て、抱き合うように育ちました。 四角い幹は、その形の名残です。
椋樹の漢字表記と読み方
読みは「むくのき」です。
ムクノキは大きく育つ落葉樹で、社寺の境内に多く残ります。 葉はざらざらして、磨きに使われました。
重信町は、二〇〇四年に川内町と合併して東温市になりました。
この図鑑にはナカムラノカミ(三重)も収めています。どちらもムクの大木の話です。
椋樹(むくのき)
日文研データベースが示す呼称。
ムクノキ(むくのき)
カタカナで記される場合の表記です。
椋樹の姿と特徴
椋樹の姿は、記録に短く書かれています。
幹 … 四角。
もとの木の下にいた人 … 老人。
その人がしたこと … 死期を予感して去って行った。
村人がしたこと … 椋の木を切って、棺を作った。
その後 … 切り株の四方から芽が出た。
育ち方 … 抱き合うように、また四角い幹の大木になった。
木の下に、小さな祠がたてられました。
椋樹の伝承記録
老人が去る
昔、木の下に住んでいる老人が、ある時死期を予感して去って行きました。
どこへ行ったかは書かれていません。
木を切って棺にする
村人は老人のため、椋の木を切って棺を作りました。
弔いのために、その木が使われています。
四方から芽が出る
その四方から芽が出て、抱き合うようにまた四角い幹の椋の大木となりました。
そして、木の下に小さな祠をたてました。
切られた形が、そのまま残りました。
椋樹の伝承地域
公的データベースの地域欄は愛媛県東温市を示します。
旧重信町は松山市の東どなりにあたり、二〇〇四年に東温市になりました。
椋樹の正体と考えられているもの
椋樹は、切られても同じ形に戻った木です。
祟りという語は使われていません。 記されているのは、芽が出たことと、祠をたてたことだけです。
それでも、四角い幹が語り継がれています。
この図鑑にはナカムラノカミ(三重)も収めています。
椋樹が登場する作品
椋樹を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学会誌です。
切られてよみがえる木の話は各地にあり、祠を建てて祀る形で結ばれます。この図鑑にはナカムラノカミ(三重)も収めています。
椋樹が登場する学会誌
伊予路
愛媛民俗学会の学会誌です。1958年の号に別府頼雄の報告が載ります。
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椋樹についてよくある質問
椋樹とは何ですか。
愛媛県東温市にある、幹が四角になっているという椋の木です。
なぜ四角いのですか。
切り株の四方から芽が出て、抱き合うように育ったためとされます。
なぜ切られましたか。
去って行った老人のために、棺を作るためと記録されています。
今はどうなっていますか。
木の下に小さな祠がたてられたと記されています。
椋樹と併せて覚えたい言葉・用語
ムクノキ(むくのき)
大きく育つ落葉樹。葉は磨きに使われました。
重信町(しげのぶちょう)
愛媛県の旧町名。今の東温市にあたります。
棺(ひつぎ)
死者を納める箱のことです。
椋樹の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。