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愛媛県

火葬した煙(かそうしたけむり)とはどんな妖怪か|姿と伝承

火葬した煙  / カソウシタケムリ

幽霊と霊 各地の伝説

愛媛県大洲市で、火葬の煙は家に帰るといわれた言い伝え。

火葬した煙の姿を描いた図

miozumi 「肱川と大洲城(愛媛県大洲市)」 2020年 / CC BY-SA 出典

火葬した煙とはどんな妖怪か

火葬した煙はひとことで言えば、家へ帰るとされた煙です。愛媛県大洲市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、国学院大学民俗学研究会愛媛県喜多郡河辺村」(『民俗採訪』通巻昭和60年度号、1986年、96頁)を典拠に、滝本福之氏が4、5歳のとき母親が亡くなり、西の岡で焼いているとその煙が実家へ帰るように流れていたのを覚えている。火葬すると煙は家に帰るといわれていると記します。

話し手が、自分の目で見た記憶として語っています。

言い伝えは短いものです。 煙は家に帰る、という一文です。

火葬した煙の漢字表記と読み方

読みは「かそうしたけむり」です。

言い伝えそのものに固有の名はありません。 データベースの見出しがこの形です。

話し手は滝本福之氏と記されます。 4、5歳のときの記憶とされます。

この図鑑にはモーレー(千葉)も収めています。そちらは海の亡霊です。

火葬した煙(かそうしたけむり)

日文研データベースが示す表記。

煙が帰る(けむりがかえる)

言い伝えの内容を表す言い方です。

火葬した煙の姿と特徴

火葬した煙に姿はありません。記録にあるのは、煙の流れです。

話し手 … 滝本福之氏。
そのときの年 … 4、5歳。
出来事 … 母親が亡くなった。
焼いた場所 … 西の岡。
見たもの … 煙が実家へ帰るように流れていた。
言い伝え … 火葬すると煙は家に帰る。

姿や声についての記述はありません。

火葬した煙の伝承記録

  1. 西の岡で焼く
  2. 煙が実家へ向かう
  3. 家に帰るという言い伝え

西の岡で焼く

滝本福之氏が4、5歳のとき、母親が亡くなりました。

西の岡で焼いていました。

村の焼き場だったとみられます。

煙が実家へ向かう

その煙が、実家へ帰るように流れていたのを覚えているといいます。

風向きについては書かれていません。

見えたままが、そのように受け取られました

家に帰るという言い伝え

火葬すると煙は家に帰るといわれています。

土地に共通の言い方でした。

死者が家に一度戻るという考え方は、各地の葬りの作法にも見られます。

火葬した煙の伝承地域

公的データベースの地域欄は愛媛県大洲市河辺町を示します。記録の表記は喜多郡河辺村です。

河辺は山あいの集落です。 報告は大学の調査によります。

河辺町(かわべちょう)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

河辺町の所在地:愛媛県大洲市河辺町

記録では喜多郡河辺村と記されます。

西の岡の位置は資料に書かれていません。

火葬した煙の正体と考えられているもの

火葬した煙は、死者が家へ戻るという考え方です

怪異として語られてはいません。 語られているのは、見えた煙の向きです。

それを帰ると読むところに、この土地の死の受け止め方があります。

この図鑑にはモーレー(千葉)も収めています。

火葬した煙が登場する作品

火葬した煙を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の調査報告です。

死者が家に戻るという考え方は、葬りの作法や盆の行事にも見られます。この図鑑にはモーレー(千葉)も収めています。

火葬した煙が登場する調査報告

民俗採訪

国学院大学民俗学研究会の報告集です。昭和60年度号に河辺村の調査が載ります。

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火葬した煙についてよくある質問

この言い伝えは何ですか。

愛媛県大洲市河辺で、火葬すると煙は家に帰るといわれたものです。

誰の話ですか。

滝本福之氏が4、5歳のときの記憶として語られています。

どこで焼いたのですか。

西の岡と記されています。正確な位置は書かれていません。

怪異ですか。

怪異としてではなく、土地の言い伝えとして記録されています。

火葬した煙と併せて覚えたい言葉・用語

火葬(かそう)

遺体を焼いて葬ること。村ごとに焼き場がありました。

河辺村(かわべむら)

愛媛県の旧村名。現在の大洲市の一部です。

喜多郡(きたぐん)

愛媛県の郡名。大洲市の周辺にあたります。

火葬した煙の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「火葬した煙」