愛媛県今治市吉海町の海に伝わるもの。落城の際に子と入水した領主の妻が、のちにアカエルになったという。

アカエルとはどんな妖怪か
アカエルはひとことで言えば、入水した母子の変わり果てた姿です。愛媛県今治市吉海町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、森正史「探訪記 越智郡吉海町津島」(『伊予路』1号、1958年、26頁)を典拠に、当島の領主の妻が落城の時我が子と共に海に身を投げたが、後にアカエルとなり、今でも周辺の海にいるという趣旨を記します。
吉海町は、大島などの島々からなる地域で、瀬戸内の海に囲まれています。
落城は、城が攻め落とされることです。逃げ場のない島で、妻は子とともに海を選びました。
アカエルの姿は記録されていません。 名から赤い色が読み取れるだけです。
アカエルの漢字表記と読み方
読みは「あかえる」です。
名の意味は記録されていません。 「アカ」は赤とみられますが、「エル」が何を指すかは書かれていません。
海に身を投げた人が別の姿になるという話は各地にあります。入水した者が魚や貝になるという語りは、瀬戸内にも見られます。
アカエル(あかえる)
日文研データベースが示す呼称。
アカエルの姿と特徴
アカエルの姿は記録されていません。
由来 … 落城のとき、領主の妻が我が子とともに入水した。
変化 … のちにアカエルとなった。
いる場所 … 今も周辺の海。
大きさ、形、色の記述はありません。名から赤い色がうかがえるだけです。
人を害するという記録もありません。
アカエルの伝承記録
落城の日、母と子が海へ
話の背景は落城です。城が落ちるとき、領主の妻は我が子とともに海へ身を投げました。
島の城は、逃げる道が海しかありません。 瀬戸内の島々には、同じような落城の話がいくつも伝わります。
いつの、どの城かは記録されていません。 名も、年も書かれていません。
残ったのは、母と子が海へ入ったという一点です。
海に残るもの
記録は、その後アカエルとなり、今も周辺の海にいると伝えます。
幽霊としてではなく、海にいるものとして語られます。
死んだ人が海の生き物に変わるという語りは、その人がいなくなっていないことを示します。
姿を見たという話も、害を受けたという話も記録されていません。 海にいる、というところで話は終わります。
アカエルの伝承地域
公的データベースの地域欄は愛媛県今治市吉海町を示します。報告は越智郡吉海町津島の探訪記です。
城の名も海域も書かれていないため、地図で指せるのは町の範囲までです。
吉海町周辺の海(よしうみちょうしゅうへんのうみ)
日文研データベースが示す伝承地域
吉海町周辺の海の所在地:愛媛県今治市吉海町
報告は越智郡吉海町津島を訪ねた探訪記です。
資料には、落城した城の名も年も書かれていません。
アカエルの正体と考えられているもの
アカエルの正体は、記録では落城のときに入水した領主の妻とされています。
どんな姿になったのかは書かれていません。 魚なのか、別のものなのかも記録されていません。
城の名も、年代も分かりません。
瀬戸内の島には落城の話が数多く伝わります。アカエルは、その中で海に残ったものとして名を与えられた例です。
アカエルが記録された資料
アカエルを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『伊予路』の探訪記です。
『伊予路』は愛媛の郷土誌です。島ごとの言い伝えを訪ね歩いた記録で、県内の図書館の郷土資料が探し先になります。
アカエルが記録された民俗資料
探訪記 越智郡吉海町津島
森正史が『伊予路』1号(1958年)に載せた中心資料です。
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
アカエルについてよくある質問
アカエルとは何ですか。
愛媛県今治市吉海町の海に伝わるものです。落城のときに子と入水した領主の妻が、のちにアカエルになったと語られました。
どんな姿ですか。
記録されていません。名から赤い色がうかがえるだけです。
どの城の話ですか。
城の名も年も記録されていません。島の落城とだけ伝えられています。
人に害はありますか。
害を受けたという記録はありません。今も周辺の海にいるとだけ語られます。
アカエルと併せて覚えたい言葉・用語
落城(らくじょう)
城が攻め落とされること。入水の背景として語られます。
吉海町(よしうみちょう)
愛媛県今治市の地域。瀬戸内の島々からなります。
伊予路(いよじ)
愛媛の郷土誌。アカエルの記録が載りました。
アカエルの参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。