山形県で、鷹にさらわれた男が鮭の大助の背に乗って里へ帰ったという話。声を聞くと三日と生きない。
やながせ八兵衛とはどんな妖怪か
やながせ八兵衛は、鮭に乗って帰った男です。山形県の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、大友義助「最上地方の昔話について」(『山形民俗通信』山形県民俗学会、1971年)を典拠に、鷹にさらわれ、山深く連れ去られた男が、11月7日の晩に、魚の王である鮭の大助の背中に乗せてもらって谷川を下り、里に戻ることができる。大助は「鮭の大助今登る」と声を発しながら登ってくるが、この声を聞いた人は3日と生きられないといい、このため、川沿いの村では、太鼓をたたいてにぎやかなお祭りをするのだと伝えられると記します。
助けと危うさが同じ声にあります。
背に乗せてくれる鮭の大助の声を聞くと、三日と生きられないのです。
やながせ八兵衛の漢字表記と読み方
読みは「やながせはちべえ」です。
「鮭の大助」は各地の川に伝わる、鮭の王の名です。
「十一月七日」は鮭がのぼる季節にあたります。
「最上」は山形県の地方の名です。
やながせ八兵衛(やながせはちべえ)
日文研データベースが示す呼称。
鮭の大助(さけのおおすけ)
記録が示す、魚の王の名です。
やながせ八兵衛の姿と特徴
やながせ八兵衛の話は、記録に順を追って書かれています。
その男 … 鷹にさらわれ、山深く連れ去られた男。
その日 … 十一月七日の晩。
乗せてくれたもの … 魚の王である鮭の大助の背中。
したこと … 谷川を下った。
その結果 … 里に戻ることができた。
大助の声 … 鮭の大助今登る。
その声を聞くと … 三日と生きられない。
そのため … 川沿いの村では太鼓をたたいてにぎやかなお祭りをする。
男の姿かたちは書かれていません。
やながせ八兵衛の伝承記録
鷹にさらわれる
鷹にさらわれ、山深く連れ去られた男がいました。
連れ去ったのは鷹です。
十一月七日の晩
11月7日の晩に、魚の王である鮭の大助の背中に乗せてもらいました。
日が決まっています。
谷川を下る
谷川を下り、里に戻ることができました。
帰り道は川でした。
聞いてはいけない声
「鮭の大助今登る」という声を聞いた人は3日と生きられないといい、川沿いの村では太鼓をたたいてにぎやかなお祭りをします。
太鼓は声を消すためです。
やながせ八兵衛の伝承地域
公的データベースの地域欄は山形県までで、市郡までは示されていません。
論文名の最上地方は、山形県北部の地方の名です。
やながせ八兵衛の正体と考えられているもの
やながせ八兵衛は、鮭に乗って帰ったとされる男です。
化けものではありません。 語られているのは、帰り道と、聞いてはいけない声です。
「鮭の大助」は各地の川に伝わり、その声を避ける祭りが結びついています。
やながせ八兵衛が登場する作品
やながせ八兵衛を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは山形の民俗学会の雑誌です。
鮭の大助の話は東北の川ぞいに広く伝わり、その声を聞かぬよう音を立てる習わしを伴います。
やながせ八兵衛が登場する学会誌
山形民俗通信
山形県民俗学会が出した雑誌です。1971年の号に最上地方の昔話についてが載ります。
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やながせ八兵衛についてよくある質問
やながせ八兵衛とは何ですか。
山形県で、鷹にさらわれ鮭の背に乗って帰ったと語られる男です。
鮭の大助とは何ですか。
魚の王とされる鮭の名です。
いつのことですか。
十一月七日の晩と記録されています。
なぜ太鼓をたたくのですか。
大助の声を聞いた人は三日と生きられないといわれるためです。
やながせ八兵衛と併せて覚えたい言葉・用語
鮭の大助(さけのおおすけ)
各地の川に伝わる鮭の王の名です。
最上(もがみ)
山形県北部の地方の名です。
遡上(そじょう)
魚が川をのぼることです。
やながせ八兵衛の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。