山形県金山町で、六十年に一度白馬が現れたという山。殿様に射られてから現れなくなった。

掬茶 「金山町の町並み(山形県最上郡金山町)」 2018年 / CC BY-SA 4.0 出典
龍馬山とはどんな妖怪か
龍馬山は、白馬が現れなくなった山です。山形県最上郡金山町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、東洋大学民俗研究会「九 口承文芸」(『有屋の民俗―山形県最上郡金山町有屋地区―』東洋大学民俗研究会、1987年)を典拠に、話者を沼倉ヨノ氏として、龍馬山には60年に一度白馬が現れていた。新庄の殿様が弓矢で射ってしまい、それから現れなくなった。杉沢集落に行く途中の山に、その馬の蹄の跡のついた岩があると記します。
跡だけが残りました。
杉沢集落に行く途中の山に、その馬の蹄の跡のついた岩があるといいます。
龍馬山の漢字表記と読み方
読みは「りょうまやま」です。
「六十年に一度」は、還暦にあたる間隔です。
「新庄」は山形県の市で、江戸時代は新庄藩の城下でした。
「有屋」は金山町の地区の名です。
龍馬山(りょうまやま)
日文研データベースが示す呼称。
蹄の跡の岩(ひづめのあとのいわ)
記録が示す、いま残るものです。
龍馬山の姿と特徴
龍馬山の話は、記録に順を追って書かれています。
現れる間隔 … 六十年に一度。
現れるもの … 白馬。
射た人 … 新庄の殿様。
使ったもの … 弓矢。
その結果 … それから現れなくなった。
いま残るもの … 馬の蹄の跡のついた岩。
その場所 … 杉沢集落に行く途中の山。
白馬の大きさは書かれていません。
龍馬山の伝承記録
六十年に一度
龍馬山には60年に一度白馬が現れていました。
間隔は六十年です。
殿様が射る
新庄の殿様が弓矢で射ってしまいました。
射たのは殿様です。
現れなくなる
それから現れなくなりました。
絶えたのはそのときからです。
蹄の跡の岩
杉沢集落に行く途中の山に、その馬の蹄の跡のついた岩があります。
残ったのは蹄の跡です。
龍馬山の伝承地域
公的データベースの地域欄は山形県最上郡、区町村名の欄は金山町を示します。
報告の題にある有屋は、この町の地区の名です。
龍馬山の正体と考えられているもの
龍馬山は、白馬が現れなくなった山です。
祟ってはいません。 語られているのは、なぜ現れなくなったかと、何が残っているかです。
射たのが殿様だという点が、失われた理由を人の側に置いています。
龍馬山が登場する作品
龍馬山を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の民俗研究会の報告書です。
神馬が現れなくなる話は各地にあり、撃たれたり見られたりしたことを理由とします。
龍馬山が登場する報告書
有屋の民俗
東洋大学民俗研究会が1987年に出した金山町有屋地区の報告です。
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龍馬山についてよくある質問
龍馬山とは何ですか。
山形県金山町で、六十年に一度白馬が現れたと語られる山です。
なぜ現れなくなったのですか。
新庄の殿様が弓矢で射ってしまったからといいます。
何か残っていますか。
杉沢集落へ行く途中の山に、馬の蹄の跡のついた岩があるといいます。
誰の話ですか。
話者は沼倉ヨノ氏と記録されています。
龍馬山と併せて覚えたい言葉・用語
新庄(しんじょう)
山形県の市で、江戸時代は新庄藩の城下でした。
有屋(ありや)
山形県最上郡金山町の地区の名です。
蹄(ひづめ)
馬などの足の先の固い部分です。
龍馬山の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。