江戸の本町河岸で、読経念仏の僧に付いて数町も吠えながら送ったという牝犬。

念仏狗とはどんな妖怪か
念仏狗はひとことで言えば、送っていく犬です。東京都の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、滝沢馬琴「兎園小説外集」(『日本随筆大成第二期』吉川弘文館、1974年)を典拠に、文化12年頃、江戸の本町河岸に奇妙な牝狗がいた。この狗は常に法師などが軒先で木魚を打ち鳴らして読経念仏していたら、その後に付いてワアワアと吠えながら数町も送りゆくという。人々は念仏いぬなどと呼んでいた。ある武家の人がこの狗を飼おうといてもらい受けた。鉦鼓読経の声も聞こえず、他の犬と変わらなく、数年して病気で死んだというと記します。
引き取られたあとが書かれています。
武家に飼われると、鉦鼓読経の声も聞こえず、他の犬と変わらなくなりました。
念仏狗の漢字表記と読み方
読みは「ねんぶついぬ」です。
文化十二年は西暦一八一五年にあたります。
本町河岸は、いまの東京都中央区日本橋本町のあたりです。
「数町」は、およそ数百メートルにあたります。
念仏狗(ねんぶついぬ)
日文研データベースが示す呼称。
念仏いぬ(ねんぶついぬ)
記録の中で人々が呼んでいたとされる形です。
念仏狗の姿と特徴
念仏狗の様子は、記録に短く書かれています。
時 … 文化十二年頃。
場所 … 江戸の本町河岸。
その犬 … 奇妙な牝狗。
していたこと … 法師が軒先で木魚を打ち鳴らして読経念仏すると、その後に付いてワアワアと吠えながら数町も送りゆく。
呼び名 … 念仏いぬ。
そのあと … ある武家の人がもらい受けた。
引き取られてから … 鉦鼓読経の声も聞こえず、他の犬と変わらなくなった。
最期 … 数年して病気で死んだ。
毛色や大きさは書かれていません。
念仏狗の伝承記録
本町河岸の牝犬
文化12年頃、江戸の本町河岸に奇妙な牝狗がいました。
場所と年が書かれています。
読経に付いていく
法師などが軒先で木魚を打ち鳴らして読経念仏していたら、その後に付いてワアワアと吠えながら数町も送りゆきました。
送る距離は数町でした。
武家に引き取られる
ある武家の人がこの狗を飼おうといてもらい受けました。
居場所が変わります。
ただの犬になる
鉦鼓読経の声も聞こえず、他の犬と変わらなくなり、数年して病気で死にました。
変わったのは環境のほうでした。
念仏狗の伝承地域
公的データベースの地域欄は東京都までですが、記録が本町河岸と書いています。
本町河岸は、いまの中央区日本橋本町のあたりです。
本町河岸(ほんちょうがし)
日文研データベースが示す伝承地域
本町河岸の所在地:東京都中央区日本橋本町
報告は吉川弘文館の日本随筆大成によります。
日本橋川ぞいの河岸で、江戸の商家が並んだ一帯です。
念仏狗の正体と考えられているもの
念仏狗は、読経に応じたとされる犬です。
化けた話ではありません。 語られているのは、付いていって吠えるという一つのふるまいだけです。
引き取られたあとは、他の犬と変わらなくなりました。
念仏狗が登場する作品
念仏狗を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは日本随筆大成に収められた兎園小説外集です。
兎園小説には、江戸の町で見聞きされた珍しい出来事が年と場所つきで並べられています。
念仏狗が登場する随筆
兎園小説外集
滝沢馬琴らが珍しい話を持ち寄ってまとめた記録集の外集です。日本随筆大成第二期に収められています。
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念仏狗についてよくある質問
念仏狗とは何ですか。
江戸の本町河岸で、読経念仏の僧に付いて吠えながら送ったと語られる牝犬です。
いつの話ですか。
文化十二年頃、西暦一八一五年ごろと記録されています。
どうなりましたか。
武家に引き取られてからは他の犬と変わらなくなり、数年して病気で死んだといいます。
本町河岸はどこですか。
いまの東京都中央区日本橋本町のあたりです。
念仏狗と併せて覚えたい言葉・用語
河岸(かし)
川ぞいの荷揚げ場と、その周りの町のことです。
鉦鼓(しょうこ)
法要で打ち鳴らす金属の器です。
町(ちょう)
距離の単位で、一町はおよそ百九メートルです。
念仏狗の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。