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東京都

日比谷神明(ひびやしんめい)とはどんな妖怪か|姿と伝承

日比谷神明  / ヒビヤシンメイ

神になった妖怪 各地の伝説

東京都千代田区で、神幣が降り、七歳ほどの女の子に神が乗り移って社殿を求めたという話。

日比谷神明の姿を描いた図

Kakidai 「日比谷公園の鶴の噴水(東京都千代田区)」 2016年 / CC BY-SA 出典

日比谷神明とはどんな妖怪か

日比谷神明はひとことで言えば、子どもの口を借りて建てさせた神です。東京都千代田区の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、菱川師宣江戸雀」(『日本随筆大成第二期』10巻、1974年、116頁)を典拠に、寛弘2年9月16日に、日比谷あたりにおいて御神幣と大牙が降ってきたので、村中の者が怪しんでいたところ、どこから戸もなく7歳ほどの女の子が現れた。その子は眼色が変わり狂いだして口ばしることには、自分は伊勢内外宮の神であり、鹿島の地にいる悪軍を退治した後だという。そしてこの地に自分が来た証拠に2つのしるしを降したので、早速社殿を建てて祀りをせよと命じた。神が抜けると、その女の子もどこかに消えたと記します。

しるしが先に降っています。

降ってきた御神幣と大牙が、後から証拠として説明されます。 順序が組み立てられています。

日比谷神明の漢字表記と読み方

読みは「ひびやしんめい」です。

神明は、伊勢の神を祀る社のことです。 各地に神明社があります。

寛弘二年は西暦一〇〇五年にあたります。

どれも口を借ります

日比谷神明(ひびやしんめい)

日文研データベースが示す呼称。

御神幣(ごしんぺい)

降ってきたとされるしるしの一つです。

大牙(たいが)

もう一つのしるしとして記されます。

日比谷神明の姿と特徴

日比谷神明に姿はありません。記録にあるのは、降ったものと、乗り移られた子です。

日付 … 寛弘二年九月十六日。
降ったもの … 御神幣と大牙。
現れた子 … 七歳ほどの女の子。
その子の様子 … 眼色が変わり、狂いだして口ばしる。
名乗り … 伊勢内外宮の神。
命じたこと … 早速社殿を建てて祀りをせよ。

神が抜けると、女の子もどこかに消えました。

日比谷神明の伝承記録

  1. しるしが降る
  2. 女の子が現れる
  3. 社殿を建てよと命じる

しるしが降る

寛弘2年9月16日に、日比谷あたりにおいて御神幣と大牙が降ってきました。

村中の者が怪しんでいました。

まだ意味は分かりません

女の子が現れる

どこから戸もなく、7歳ほどの女の子が現れました。

その子は眼色が変わり、狂いだして口ばしります。

自分は伊勢内外宮の神であり、鹿島の地にいる悪軍を退治した後だといいます。

社殿を建てよと命じる

この地に自分が来た証拠に2つのしるしを降したので、早速社殿を建てて祀りをせよと命じました。

神が抜けると、その女の子もどこかに消えました。

子どもは、として現れただけでした。

日比谷神明の伝承地域

公的データベースの地域欄は東京都千代田区を示します。

日比谷は江戸城の南東にあたり、今は公園と官庁街です。

日比谷(ひびや)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

日比谷の所在地:東京都千代田区

報告は日本随筆大成第二期の江戸雀によります。

記録は寛弘二年のこととします。

日比谷神明の正体と考えられているもの

日比谷神明は、社殿を求めた神です

祟りという語は使われていません。 記されているのは、降って、名乗って、命じたという順序だけです。

それでも、社ができました

この図鑑には神が乗り移る話をほかにも収めています。

日比谷神明が登場する作品

日比谷神明を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは随筆の叢書です。

神が人に乗り移って社を求める話は各地にあり、縁起として書きとめられます。この図鑑には神が乗り移る話をほかにも収めています。

日比谷神明が登場する随筆

日本随筆大成第二期

吉川弘文館の叢書です。10巻に江戸雀が収められています。

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日比谷神明についてよくある質問

日比谷神明とは何ですか。

東京都千代田区の日比谷で、神幣が降り、社殿が求められたと伝わる話です。

誰に乗り移りましたか。

どこからともなく現れた七歳ほどの女の子です。

神は何と名乗りましたか。

伊勢内外宮の神であり、鹿島の悪軍を退治した後だと名乗ったとされます。

女の子はどうなりましたか。

神が抜けると、どこかに消えたと記録されています。

日比谷神明と併せて覚えたい言葉・用語

神明(しんめい)

伊勢の神を祀る社のことです。

御神幣(ごしんぺい)

神に供える紙や布を垂らした祭具です。

寛弘(かんこう)

平安時代の年号。寛弘二年は西暦一〇〇五年です。

日比谷神明の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「日比谷神明」