岡山県鏡野町の箱神社近くにあり、夜に通ると「味噌をくれ」と杓子を突き出したという岩。

Phronimoi 「奥津温泉の宿(岡山県苫田郡鏡野町奥津)」 2009年 / CC BY-SA 3.0 出典
杓子岩とはどんな妖怪か
杓子岩はひとことで言えば、味噌をねだる岩です。岡山県苫田郡鏡野町の話です。
夜にその岩のそばを通ると、岩から「味噌をくれ」という声がし、杓子が突き出されると伝えられました。杓子は汁や味噌をすくう匙のことで、名はここから付いたとされます。
記録は二つあります。一つは柳田國男の「妖怪名彙(四)」(『民間伝承』4巻1号・通巻37号、1938年)、もう一つは『苫田郡誌』(苫田郡教育会、1928年)です。柳田の記事は郡誌を引いています。
柳田は、話に一つの見立てを添えています。味噌を持って歩く人もそうはいないだろうから、もともとは味噌を供えて祭った石ではないかというものです。怪異として語られる岩の背後に、供え物をする習わしを見た読み方です。
岩の高さ、形、色は記録されていません。声の主が何であるかも書かれていません。
杓子岩の漢字表記と読み方
読みは「しゃくしいわ」です。
「杓子」は、汁や飯をすくう匙のことです。木を削って作るのが普通で、どの家の台所にもある道具でした。
その道具の名が岩の名になっています。岩が杓子の形をしているからではなく、岩から杓子が突き出されたという話にもとづく名である点が特徴です。
杓子岩(しゃくしいわ)
日文研データベースが示す漢字表記。
シャクシイワ(しゃくしいわ)
同データベースの呼称読み。
杓子岩の姿と特徴
杓子岩の姿として記録されているのは、岩そのものと、そこから出る杓子だけです。
時 … 夜。
場所 … 箱神社の近く。
出来事 … 「味噌をくれ」という声。突き出される杓子。
顔も手足もありません。人の形になるとも、追いかけてくるとも書かれていません。怪異として現れるのは声と杓子の二つだけです。
味噌を渡さなかったときにどうなるかも、記録にはありません。
杓子岩の伝承記録
『苫田郡誌』と柳田國男の記録
杓子岩の記録は二つあります。
古いほうが『苫田郡誌』です。苫田郡教育会が1928年に出した郡の地誌で、日文研データベースは掲載箇所を1282頁としています。「神社のあたりに岩があり、夜中この辺を通ると岩から味噌を呉れといい、杓子を突き出したりする」という短い記述です。
もう一つが柳田國男の「妖怪名彙(四)」で、『民間伝承』4巻1号・通巻37号(1938年9月20日発行)の12頁にあります。柳田は郡誌を引いたうえで、自分の見立てを書き足しています。
「もとは味噌を供えて祭った石ではないか」
柳田が書き添えたのは、次のような読み方です。
味噌を持って夜道を歩く人が、そうたくさんいるとは思えない。 ならば、この岩は怪異として味噌をねだったのではなく、もともと味噌を供えて祭る石だったのではないか。
供え物をする石が先にあり、その習わしが薄れたあとで、「岩が味噌をくれと言う」という話の形が残った、という筋道です。
怪異の話を、失われた習わしの跡として読むという見方で、柳田がしばしば取った立場でもあります。ただし、これは柳田の推測として書かれたもので、岩が祭られていたことを示す別の記録は、データベースには載っていません。
箱神社という手がかり
日文研データベースは、地域を岡山県苫田郡鏡野町とし、岩の位置を「箱神社の近く」としています。
『苫田郡誌』の記述も「神社のあたり」となっており、神社と岩が隣り合っているという点は二つの記録で一致します。
ただし、岩が現在も残っているか、どの地点にあるかを示す記述はありません。岩の大きさ、形、道からの距離も書かれていません。
分かっているのは、神社のそば・夜・味噌・杓子という四つだけです。
杓子岩の伝承地域
公的データベースの地域欄は、岡山県苫田郡鏡野町を示します。
岩の所在を示す番地はどの記録にもありません。資料が示すのは、箱神社の近くという関係だけです。
鏡野町周辺(かがみのちょうしゅうへん)
日文研データベースが示す伝承地域
鏡野町周辺の所在地:岡山県苫田郡鏡野町
『苫田郡誌』と柳田國男「妖怪名彙(四)」の地域欄に対応します。
資料は「箱神社の近く」とのみ記し、岩の現在地を示していません。
杓子岩の正体と考えられているもの
杓子岩の正体は確定していません。
柳田國男の見立ては、もともと味噌を供えて祭った石だったのではないか、というものです。供え物の習わしが忘れられ、岩の側が味噌を求める話に変わった、と読む立場です。
一方で、岩が祭られていたことを直接示す記録は確認できません。郡誌の記述は、夜に声がして杓子が出るという話までです。
確かなのは、この岩が味噌という食べ物と結び付けて語られてきたことです。 米や酒ではなく味噌である点に、日々の食事に近いところで語られた怪異である、という色が出ています。
杓子岩が記録された資料
杓子岩は、小説や映画の題材にはなっていません。読めるのは郡誌と柳田國男の記事です。
『苫田郡誌』は郡ごとに編まれた地誌で、同じ形の本が全国の郡にあります。地元の図書館の郷土資料の棚で探すことになります。
杓子岩が記録された民俗資料
妖怪名彙(四)
柳田國男が『民間伝承』4巻1号(1938年)に載せ、供え物の石という見立てを添えた記事です。
苫田郡誌
苫田郡教育会が1928年に出した地誌で、杓子岩の話のもとになった記録です。
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杓子岩についてよくある質問
杓子岩とはどんな妖怪ですか。
岡山県鏡野町の箱神社の近くにあるとされる岩です。夜に通ると「味噌をくれ」と言って杓子を突き出したと伝えられます。
なぜ味噌をほしがるのですか。
理由は記録されていません。柳田國男は、もともと味噌を供えて祭った石ではないかと推測しています。
杓子岩は今も見られますか。
確認した記録に現在地の記載はありません。資料は箱神社の近くとだけ記しており、岩が残っているかどうかも書かれていません。
味噌を渡さないとどうなりますか。
書かれていません。渡した場合にどうなるかも含め、その後の展開は記録に残っていません。
杓子岩と併せて覚えたい言葉・用語
杓子(しゃくし)
汁や飯をすくう匙。岩から突き出されたとされる道具で、名の由来です。
苫田郡誌(とまたぐんし)
苫田郡教育会が1928年に編んだ地誌。杓子岩の話を載せています。
箱神社(はこじんじゃ)
記録が岩の位置を示すときに挙げている、鏡野町の神社です。
杓子岩の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。