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新潟県

本尊の祟り(ほんぞんのたたり)とはどんな妖怪か|姿と伝承

本尊の祟り  / ホンゾンノタタリ

そのほか 各地の伝説

新潟県十日町市で、焼け焦げた本尊は姿を見せてはならず、見ると村に災難があるとされた仏。

本尊の祟りの姿を描いた図

十日町市博物館 「十日町市博物館(新潟県十日町市西本町)」 2022年 / CC BY-SA 4.0 出典

本尊の祟りとはどんな妖怪か

本尊の祟りはひとことで言えば、見せない仏です。新潟県十日町市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、佐藤良博六、信仰」(『越後のむらと伊豆のむらと』東京学芸大学民俗学研究会、1975年)を典拠に、現在新水には寺院がない。中条の円通寺から分かれた寺があったが、天保年間以降に焼失して本尊と阿弥陀堂のみが残されている。本尊は黒く焼けこげて、その姿を見せてはならないといわれる。これを見るとムラに災難があるといわれていると記します。

災難が及ぶ先が違います。

見た本人ではなく、ムラに災難があるとされました。

本尊の祟りの漢字表記と読み方

読みは「ほんぞんのたたり」です。

「本尊」は、寺で中心にまつられる仏像のことです。

天保年間は西暦一八三〇年から一八四四年にあたります。

「新水」「中条」は十日町市の地名です。

姿を見せない仏を「秘仏」といいます。

本尊の祟り(ほんぞんのたたり)

日文研データベースが示す呼称。

見せない本尊(みせないほんぞん)

扱いを指す言い方です。

本尊の祟りの姿と特徴

本尊の祟りの話は、記録に短く書かれています。

いまの新水 … 寺院がない。
もとあった寺 … 中条の円通寺から分かれた寺。
起きたこと … 天保年間以降に焼失。
残ったもの … 本尊と阿弥陀堂のみ。
本尊の様子 … 黒く焼けこげている。
してはいけないこと … その姿を見せること。
見るとどうなるか … ムラに災難がある。

本尊の大きさは書かれていません。

本尊の祟りの伝承記録

  1. 寺のない村
  2. 焼けた寺
  3. 黒く焼けこげた仏
  4. ムラに及ぶ災難

寺のない村

現在新水には寺院がありません。

書かれた時点のありさまです。

焼けた寺

中条の円通寺から分かれた寺があったが、天保年間以降に焼失して本尊と阿弥陀堂のみが残されています。

残ったのは二つだけです。

黒く焼けこげた仏

本尊は黒く焼けこげて、その姿を見せてはならないといわれます。

焼けた跡がそのままあります。

ムラに及ぶ災難

これを見るとムラに災難があるといわれています。

及ぶのは村全体です。

本尊の祟りの伝承地域

公的データベースの地域欄は新潟県十日町市を示します。

記録に出る新水中条は、十日町市の地名です。

新水(しんみず)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

新水の所在地:新潟県十日町市

報告は東京学芸大学民俗学研究会の調査報告によります。

記録は「新水」「中条」という地名を挙げています。

本尊の祟りの正体と考えられているもの

本尊の祟りは、見せてはならないとされた仏です

祟ったという例は書かれていません。 語られているのは、見せないという扱いと、見たらどうなるかという言い伝えです。

姿を見せない仏は、秘仏として各地の寺にあります。

本尊の祟りが登場する作品

本尊の祟りを単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の民俗学研究会の調査報告です。

姿を見せない仏は各地の寺にあり、秘仏として決まった年にだけ開かれるものもあります。

本尊の祟りが登場する調査報告

越後のむらと伊豆のむらと

東京学芸大学民俗学研究会が一九七五年に出した調査報告です。

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本尊の祟りについてよくある質問

本尊の祟りとは何ですか。

新潟県十日町市で、姿を見せてはならないとされた焼け焦げた本尊のことです。

なぜ焼けたのですか。

天保年間以降に寺が焼失したと記録されています。

見るとどうなりますか。

ムラに災難があるといわれています。

秘仏とは何ですか。

姿を見せずにまつられる仏像のことです。

本尊の祟りと併せて覚えたい言葉・用語

本尊(ほんぞん)

寺で中心にまつられる仏像のことです。

秘仏(ひぶつ)

姿を見せずにまつられる仏像です。

天保(てんぽう)

江戸時代の年号。西暦一八三〇年から一八四四年です。

本尊の祟りの参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「本尊の祟り」