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長野県

山伏塚(やまぶしづか)とはどんな妖怪か|姿と伝承

山伏塚  / ヤマブシヅカ

幽霊と霊 各地の伝説

長野県飯田市で、山伏の姿で落ちのびて死んだ男を葬った塚。旅僧が霊験を感じて言い残した。

山伏塚の姿を描いた図

濃間 「文永寺の鐘楼と杉(長野県飯田市)」 2021年 / CC BY-SA 4.0 出典

山伏塚とはどんな妖怪か

山伏塚は、落ちのびた男を葬った塚です。長野県飯田市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、萩元義房千代の伝説」(『伊那』伊那史学会、1984年)を典拠に、恋仲になった家臣と姫がいた。家臣が山伏の姿となって落ちのびるが、その先で男は死んでしまった。山伏を葬って女は尼になった。終戦後ここを通った旅僧が山伏塚を見て霊験を感じ、西の方角に向って念じよと言い残していったと記します。

言い残しがあります。

旅僧は西の方角に向って念じよと告げて去りました。

山伏塚の漢字表記と読み方

読みは「やまぶしづか」です。

「山伏」は山にこもって修行する人のことです。

「落ちのびる」は、追われて逃げ落ちることです。

「霊験」は、祈りに応えて現れるしるしのことです。

「千代」は飯田市の地区の名です。

山伏塚(やまぶしづか)

日文研データベースが示す呼称。

千代(ちよ)

論文名が示す、この伝説の土地の名です。

山伏塚の姿と特徴

山伏塚の話は、記録に順を追って書かれています。

その二人 … 恋仲になった家臣と姫。
家臣がしたこと … 山伏の姿となって落ちのびた。
その先で起きたこと … 男は死んでしまった。
そのあと … 山伏を葬った。
女がしたこと … 尼になった。
のちのこと … 終戦後ここを通った旅僧が山伏塚を見た。
旅僧が感じたこと … 霊験。
言い残したこと … 西の方角に向って念じよ。

塚の大きさは書かれていません。

山伏塚の伝承記録

  1. 恋仲の家臣と姫
  2. 山伏となって落ちのびる
  3. 葬られて尼になる
  4. 西に向って念じよ

恋仲の家臣と姫

恋仲になった家臣と姫がいました。

身分の違う二人です。

山伏となって落ちのびる

家臣が山伏の姿となって落ちのびました。

変えたのは姿です。

葬られて尼になる

その先で男は死んでしまい、山伏を葬って女は尼になりました。

残ったのはです。

西に向って念じよ

終戦後ここを通った旅僧が山伏塚を見て霊験を感じ、西の方角に向って念じよと言い残していきました。

向きは西でした。

山伏塚の伝承地域

公的データベースの地域欄は長野県飯田市を示します。

論文名の千代は、この市の地区の名です。

千代(ちよ)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

千代の所在地:長野県飯田市千代

報告は伊那史学会の伊那によります。

天竜川の東岸にあたります。

山伏塚の正体と考えられているもの

山伏塚は、落ちのびた男を葬った塚です

祟ってはいません。 語られているのは、誰を葬ったかと、のちに誰が何を言い残したかです。

終戦後という時期まで書かれているところが、近い過去の出来事として語られる形です。

山伏塚が登場する作品

山伏塚を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは長野の史学会の雑誌です。

落ちのびた人を葬った塚は各地にあり、通りかかった僧が言い残す形をよくとります。

山伏塚が登場する学会誌

伊那

伊那史学会が出した雑誌です。1984年の号に千代の伝説が載ります。

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山伏塚についてよくある質問

山伏塚とは何ですか。

長野県飯田市で、山伏の姿で落ちのびて死んだ男を葬ったとされる塚です。

二人はどうなりましたか。

男は死に、女は尼になったと記録されています。

旅僧は何と言いましたか。

西の方角に向って念じよと言い残していきました。

いつのことですか。

旅僧が通ったのは終戦後と記録されています。

山伏塚と併せて覚えたい言葉・用語

山伏(やまぶし)

山にこもって修行する人のことです。

霊験(れいげん)

祈りに応えて現れるしるしのことです。

千代(ちよ)

長野県飯田市の地区の名です。

山伏塚の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「山伏塚」