三重県桑名市多度町で、裏切られて火あぶりになった浅五郎の霊。雨の日に呼ぶ声がした。

浅五郎の霊とはどんな妖怪か
浅五郎の霊はひとことで言えば、まつっても収まらなかった恨みです。三重県桑名市多度町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、田川尚美ほか「口承文芸」(『中京民俗』通巻29号、1992年、189頁)を典拠に、次のように記します。
裏切られて火あぶりになった浅五郎。雨が降ると「おーい、おーい」と呼ぶ声がする。占い師が霊が迷っているのでまつるよう指示する。まつると恨みのことばを残して消える。それから5軒ほどの家が絶える。
筋がはっきりしています。 裏切り→火あぶり→声→まつる→恨みの言葉→家が絶える。
まつったのに収まっていません。 多くの話は、まつることで鎮まって終わります。この話は違います。
誰に裏切られたのか、いつのことかは記録されていません。
浅五郎の霊の漢字表記と読み方
読みは「あさごろうのれい」です。
浅五郎は人の名です。名の残った霊であることが、この話の重さになっています。
火あぶりは、火で焼く刑です。裏切られてという一語が、無実だった含みを持たせています。
浅五郎の霊(あさごろうのれい)
日文研データベースが示す表記。
アサゴロウノレイ(あさごろうのれい)
同データベースの呼称読み。
浅五郎の霊の姿と特徴
浅五郎の霊に姿はありません。記録にあるのは、声です。
時 … 雨が降るとき。
声 … 「おーい、おーい」と呼ぶ。
その後 … まつると、恨みのことばを残して消えた。
結果 … 五軒ほどの家が絶えた。
姿を見たという記述はありません。
呼ぶ声だけが、雨のたびに聞こえました。
浅五郎の霊の伝承記録
雨の日に呼ぶ声
声が聞こえるのは雨が降るときです。
「おーい、おーい」。呼ぶ声です。 恨みごとでも、泣き声でもありません。
誰かを探している声とも読めます。火あぶりにされた者が、雨の中で人を呼び続けます。
占い師は、霊が迷っているのでまつるよう指示しました。
迷っている、という見立てです。
まつったあとに、家が絶える
まつると、恨みのことばを残して消えました。
鎮まってはいません。 言い残して去っただけです。
そして、それから五軒ほどの家が絶えました。
まつることが解決にならなかった、という結末です。多くの祟りの話が「まつって鎮まった」で終わるのに対し、この話は続きを語ります。
五軒がどの家かは記録されていません。
浅五郎の霊の伝承地域
公的データベースの地域欄は三重県桑名市多度町を示します。
場所の名は書かれていないため、地図で指せるのは町の範囲までです。
多度町周辺(たどちょうしゅうへん)
日文研データベースが示す伝承地域
多度町周辺の所在地:三重県桑名市多度町
『中京民俗』の報告地域に対応します。
火あぶりの場所やまつった場所は、資料に書かれていません。
浅五郎の霊の正体と考えられているもの
浅五郎の霊の正体は、記録では火あぶりになった浅五郎とされています。
裏切られてという一語のほかに、事件の詳細は書かれていません。いつのことか、誰が裏切ったかも分かりません。
まつっても収まらなかったという点が、この話を重くしています。恨みのことばを残して消え、五軒ほどの家が絶えた。
残ったのは、雨の日の呼び声と、絶えた家の記憶です。
浅五郎の霊が記録された資料
浅五郎の霊を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『中京民俗』の記事です。
口承文芸の題のとおり、聞き書きをそのまま収めた報告です。東海地方の民俗誌に、同じ型の祟りの話が並びます。
浅五郎の霊が記録された民俗資料
口承文芸
田川尚美ほかが『中京民俗』通巻29号(1992年)に載せた中心資料です。
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浅五郎の霊についてよくある質問
浅五郎の霊とは何ですか。
三重県桑名市多度町に伝わる霊です。裏切られて火あぶりになった浅五郎が、雨の日に「おーい」と呼ぶ声を上げたと記録されています。
まつったらどうなりましたか。
恨みのことばを残して消え、その後、五軒ほどの家が絶えたと記録されています。
誰に裏切られたのですか。
記録されていません。裏切られて火あぶりになったとだけ伝えられています。
いつの話ですか。
年代は記録されていません。報告は1992年の聞き書きです。
浅五郎の霊と併せて覚えたい言葉・用語
火あぶり(ひあぶり)
火で焼く刑。浅五郎が受けたとされます。
占い師(うらないし)
霊が迷っているとみて、まつるよう指示した人物です。
中京民俗(ちゅうきょうみんぞく)
東海地方の民俗誌。この話の記録が載りました。
浅五郎の霊の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。