京都市で、山の神が柴の種をまく一月十五日に登った男が行方不明になり、衣類だけが出た話。

Leo Rodman 「法然院の山門(京都府京都市左京区鹿ケ谷)」 2015年 / CC BY-SA 2.0 出典
山の神の罰とはどんな妖怪か
山の神の罰は、決まりを破った者に出た咎めです。京都府京都市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、山口早風「京都 落東 鹿ケ谷雑話」(『郷土趣味』郷土趣味社、1922年)を典拠に、話者を老媼として、例年1月15日は山の神様が柴の種をまく日であるから山へ登ってはいけないとされてきた。しかし40年ほど前、孫助という変わり者がその日に山へ登り、行方不明になった。翌年の夏、滝壷で孫助の衣類が発見されたが死体は見つからないと記します。
衣類だけが出ました。
滝壷で見つかったのは衣類で、死体は見つからないのです。
山の神の罰の漢字表記と読み方
読みは「やまのかみのばつ」です。
「柴」は、たきぎにする小枝のことです。
「鹿ケ谷」は京都市左京区の谷の名です。
「落東」は洛東、京都の東側を指す言い方です。
「老媼」は年老いた女の人のことで、この話を語った人です。
山の神の罰(やまのかみのばつ)
日文研データベースが示す呼称。
柴の種まき(しばのたねまき)
記録が示す、一月十五日の言われです。
山の神の罰の姿と特徴
山の神の罰の話は、記録に順を追って書かれています。
その日 … 例年一月十五日。
その言われ … 山の神様が柴の種をまく日。
決まり … 山へ登ってはいけない。
破った人 … 孫助という変わり者。
そのとき … 四十年ほど前。
起きたこと … 行方不明になった。
見つかった時期 … 翌年の夏。
見つかった場所 … 滝壷。
見つかったもの … 孫助の衣類。
見つからなかったもの … 死体。
山の神の姿は書かれていません。
山の神の罰の伝承記録
柴の種をまく日
例年1月15日は山の神様が柴の種をまく日であるから山へ登ってはいけないとされてきました。
その日は神の仕事の日です。
孫助が登る
しかし40年ほど前、孫助という変わり者がその日に山へ登りました。
破ったのは一人です。
行方不明になる
孫助は行方不明になりました。
消えたのはその日です。
衣類だけが出る
翌年の夏、滝壷で孫助の衣類が発見されたが死体は見つかりませんでした。
残ったのは衣類だけです。
山の神の罰の伝承地域
公的データベースの地域欄は京都府京都市を示します。
論文名の鹿ケ谷は、東山の西のふもとにある左京区の谷です。
山の神の罰の正体と考えられているもの
山の神の罰は、決まりを破った者に出た咎めです。
神は姿を見せません。 語られているのは、どの日を避けるかと、破った者がどうなったかです。
衣類だけが出て死体が出ないという結びが、山の神に取られたと読ませます。
山の神の罰が登場する作品
山の神の罰を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の郷土雑誌です。
山の神の日に山へ入るのを忌む決まりは各地にあり、破った者の末路とともに語られます。
山の神の罰が登場する雑誌
郷土趣味
郷土趣味社が出した雑誌です。1922年の号に京都 落東 鹿ケ谷雑話が載ります。
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山の神の罰についてよくある質問
山の神の罰とは何ですか。
京都市で、山へ登ってはいけない日を破った男に出たとされる咎めです。
その日はいつですか。
例年一月十五日、山の神様が柴の種をまく日といいます。
何が起きたのですか。
孫助という男が行方不明になったと記録されています。
見つかりましたか。
翌年の夏、滝壷で衣類が見つかりましたが、死体は見つかっていません。
山の神の罰と併せて覚えたい言葉・用語
柴(しば)
たきぎにする小枝のことです。
鹿ケ谷(ししがたに)
京都市左京区の谷の名です。
滝壷(たきつぼ)
滝の落ちる先の深みのことです。
山の神の罰の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。