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京都府

将軍塚(しょうぐんづか)とはどんな妖怪か|姿と伝承

将軍塚  / ショウグンヅカ

そのほか 各地の伝説

京都府京都市で、都の守りに人形を埋めたとされ、世の乱れる前に鳴動したという塚。

将軍塚の姿を描いた図

tanohei 「青蓮院の将軍塚(京都府京都市山科区厨子奥花鳥町)」 2014年 / CC BY 3.0 出典

将軍塚とはどんな妖怪か

将軍塚はひとことで言えば、鳴って知らせる塚です。京都府京都市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、含弘堂偶斎百草露」(『日本随筆大成第三期』11巻、吉川弘文館、1977年、13頁)を典拠に、桓武天皇が、平安京遷都のおりに、群臣諸博士を召して、王都長久の方法を審議し、土で8尺(約240センチ)の人形を作り、甲冑を着せて弓矢を持たせ、東山に埋めて、京の守護神とした。これが将軍塚である。治承3年7月に3度続けて鳴動したと記します。

埋めたのは守りのためです。

土の人形に甲冑を着せ、弓矢を持たせて東山に埋めました。 世が乱れると鳴ったと語られます。

将軍塚の漢字表記と読み方

読みは「しょうぐんづか」です。

「鳴動」は、地鳴りのように鳴り響くことです。

治承三年は西暦一一七九年にあたり、平清盛が後白河法皇を幽閉した年です。

八尺は約二四〇センチにあたります。

将軍塚(しょうぐんづか)

日文研データベースが示す呼称。

将軍塚の鳴動(しょうぐんづかのめいどう)

鳴ることを指して用いられる言い方です。

将軍塚の姿と特徴

将軍塚の姿は、記録に短く書かれています。

作ったもの … 土の人形。
大きさ … 八尺(約二四〇センチ)。
着せたもの … 甲冑。
持たせたもの … 弓矢。
埋めた場所 … 東山。
目的 … 京の守護神とすること。
記録された出来事 … 治承三年七月に三度続けて鳴動した。

人形の顔つきは書かれていません。

将軍塚の伝承記録

  1. 遷都のときの相談
  2. 土の人形を埋める
  3. 三度の鳴動

遷都のときの相談

桓武天皇が平安京遷都のおりに、群臣諸博士を召して、王都長久の方法を審議しました。

都を長く保つ方法を相談しています。

土の人形を埋める

土で8尺の人形を作り、甲冑を着せて弓矢を持たせ、東山に埋めて、京の守護神としました。

守りの形は武具を持った人形でした。

三度の鳴動

治承3年7月に3度続けて鳴動しました。

数まで記録されています。

将軍塚の伝承地域

公的データベースの地域欄は京都府京都市を示します。

塚は東山の山頂近くにあり、いまは展望台と青龍殿が置かれています。

将軍塚(しょうぐんづか)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

将軍塚の所在地:京都府京都市山科区厨子奥花鳥町

報告は吉川弘文館の日本随筆大成によります。

東山の山頂近くにあり、青蓮院の将軍塚青龍殿が建ちます。

将軍塚の正体と考えられているもの

将軍塚は、都を守るために築かれたとされる塚です

化けて出るものではありません。 語られているのは、世が乱れる前に鳴るという知らせの働きです。

治承三年は、平清盛が後白河法皇を幽閉した年にあたります。

将軍塚が登場する作品

将軍塚は随筆軍記の両方に出てきます。読めるのは日本随筆大成に収められた百草露です。

塚が鳴って世の乱れを知らせるという語りは、平家物語にも見られます。

将軍塚が登場する随筆

百草露

含弘堂偶斎の随筆。日本随筆大成第三期に収められています。

将軍塚が登場する軍記

平家物語

将軍塚の鳴動を世の乱れの知らせとして語る場面があります。

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将軍塚についてよくある質問

将軍塚とは何ですか。

京都の東山にあり、平安京を守るために土の人形を埋めたと伝えられる塚です。

誰が作らせたのですか。

桓武天皇が平安京遷都のおりに作らせたと記録されています。

何を埋めたのですか。

甲冑を着せ弓矢を持たせた、八尺の土の人形です。

鳴動とは何ですか。

地鳴りのように鳴り響くことで、治承三年七月に三度続いたと記録されています。

将軍塚と併せて覚えたい言葉・用語

鳴動(めいどう)

地鳴りのように鳴り響くことです。

治承(じしょう)

平安時代末の年号。三年は西暦一一七九年です。

甲冑(かっちゅう)

よろいとかぶとのことです。

将軍塚の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「将軍塚」