京都府京都市で、網で捕らえて灯りに使ったが、大石の落ちる音とともに失われたという狐火。

Morgan Calliope 「八坂神社の西楼門(京都府京都市東山区祇園町北側)」 2014年 / CC BY 2.0 出典
狐火玉とはどんな妖怪か
狐火玉はひとことで言えば、捕らえられた狐火です。京都府京都市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、菊岡沾凉「諸国里人談」(『日本随筆大成第2期』吉川弘文館、1975年)を典拠に、元禄のはじめ、上京の人が夜、東川へ漁に出た。加茂の辺りで狐火を網で捕らえた。持ち帰って翌日見ると、うす白い鶏の卵のような形で昼は光らなかった。夜になると光り蝋燭より明るいので重宝した。それをもって漁に出たとき、どこからか大石が川に落ち同時に光るものを失ったと記します。
手に取れています。
遠くに見えるだけの火ではなく、網で捕らえ、持ち帰っています。 昼は光らず、夜だけ光りました。
狐火玉の漢字表記と読み方
読みは「きつねびだま」です。
元禄のはじめは、西暦一六八八年ごろにあたります。
「東川」は、記録に出る川の呼び方です。加茂のあたりと書かれています。
この図鑑には狐火(各地)も収めています。狐火玉は、捕らえて物になったところが違います。
狐火玉(きつねびだま)
日文研データベースが示す呼称。
狐火(きつねび)
捕らえる前の状態を指す呼び方です。
狐火玉の姿と特徴
狐火玉の姿は、記録にはっきり書かれています。
捕らえた時 … 元禄のはじめ、夜。
捕らえた人 … 上京の人。
捕らえた場所 … 加茂の辺り。
捕らえかた … 網。
翌日見た形 … うす白い、鶏の卵のような形。
昼 … 光らない。
夜 … 光り、蝋燭より明るい。
失った時 … 漁に出たとき、どこからか大石が川に落ちたのと同時。
手ざわりや重さは書かれていません。
狐火玉の伝承記録
網で捕らえる
元禄のはじめ、上京の人が夜、東川へ漁に出て、加茂の辺りで狐火を網で捕らえました。
道具は漁の網でした。
卵のような形
持ち帰って翌日見ると、うす白い鶏の卵のような形で昼は光りませんでした。
昼と夜で違いました。
蝋燭より明るい
夜になると光り、蝋燭より明るいので重宝しました。
役に立つ灯りとして使われています。
大石とともに失う
それをもって漁に出たとき、どこからか大石が川に落ち、同時に光るものを失いました。
返される時は音を伴いました。
狐火玉の伝承地域
公的データベースの地域欄は京都府京都市を示します。
記録の加茂の辺りは、いまの鴨川ぞいにあたります。
狐火玉の正体と考えられているもの
狐火玉は、捕らえられて物になった火です。
祟った話ではありません。 語られているのは、捕らえ、使い、失ったという順序です。
失われたのは、大石が川に落ちたのと同時でした。
この図鑑には狐火(各地)も収めています。
狐火玉が登場する作品
狐火玉を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは日本随筆大成に収められた諸国里人談です。
怪しい火を捕らえて灯りに使う話は珍しく、江戸の随筆に見られる形です。
狐火玉が登場する随筆
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狐火玉についてよくある質問
狐火玉とは何ですか。
京都で網で捕らえられ、灯りに使われたと語られる狐火です。
どんな形でしたか。
うす白い、鶏の卵のような形と記録されています。
いつ光りましたか。
昼は光らず、夜になると蝋燭より明るく光ったといいます。
どうなりましたか。
漁に出たとき、大石が川に落ちるのと同時に失われたと記録されています。
狐火玉と併せて覚えたい言葉・用語
元禄(げんろく)
江戸時代の年号。西暦一六八八年から一七〇四年です。
上京(かみぎょう)
京都の北側の地域を指す呼び方です。
諸国里人談(しょこくりじんだん)
菊岡沾凉が各地の話を集めた随筆です。
狐火玉の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。