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神奈川県

ソガドンの田植(そがどんのたうえ)とはどんな妖怪か|姿と伝承

ソガドンの田植  / ソガドンノタウエ

そのほか 各地の伝説

神奈川県山北町で、曾我兄弟の仇討の日に田植えをすると血の雨が降るとされた忌み日。

ソガドンの田植の姿を描いた図

Quercus acuta 「丹沢湖と富士山(神奈川県足柄上郡山北町)」 2017年 / CC0 出典

ソガドンの田植とはどんな妖怪か

ソガドンの田植はひとことで言えば、やってはいけない日です。神奈川県足柄上郡山北町の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、小林梅次玄倉」(『民俗採訪』國學院大學民俗学研究会、1952年)を典拠に、5月28日は曾我兄弟の仇討のあった日で、ソガドンの田植といって、この日田植えをすると血の雨が降る。午の日に田植をすると、馬を植え込む、といって嫌うと記します。

忌み日が二つ並んでいます。

一つは五月二十八日、もう一つは午の日です。

ソガドンの田植の漢字表記と読み方

読みは「そがどんのたうえ」です。

「ソガドン」は曾我殿で、曾我兄弟を指します。

曾我兄弟の仇討は建久四年(一一九三年)の富士の巻狩でのこととされます。

「午の日」は、十二支を日に当てた数え方での馬の日です。

ソガドンの田植(そがどんのたうえ)

日文研データベースが示す呼称。

ソガドン(そがどん)

曾我殿、すなわち曾我兄弟を親しんで呼んだ形です。

ソガドンの田植の姿と特徴

ソガドンの田植の言い伝えは、記録に短く書かれています。

… 五月二十八日。
その日のこと … 曾我兄弟の仇討のあった日。
呼び名 … ソガドンの田植。
してはいけないこと … この日に田植えをすること。
するとどうなるか … 血の雨が降る。
もう一つの忌み日 … 午の日。
その理由 … 馬を植え込む、といって嫌う。

血の雨を見た者の話は書かれていません。

ソガドンの田植の伝承記録

  1. 五月二十八日
  2. 血の雨が降る
  3. 午の日も嫌う

五月二十八日

5月28日は曾我兄弟の仇討のあった日です。

日付が歴史の出来事に結びついています。

血の雨が降る

この日田植えをすると血の雨が降るといいます。

戒めは雨の形で語られます。

午の日も嫌う

午の日に田植をすると、馬を植え込む、といって嫌います。

こちらの理由は言葉の連想です。

ソガドンの田植の伝承地域

公的データベースの地域欄は神奈川県足柄上郡山北町を示します。

報告の題は玄倉で、丹沢の山あいの集落です。

玄倉(くろくら)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

玄倉の所在地:神奈川県足柄上郡山北町玄倉

報告は國學院大學民俗学研究会の民俗採訪によります。

丹沢の山あいにある集落で、報告の題にもなっています。

ソガドンの田植の正体と考えられているもの

ソガドンの田植は、田植えを避けた日の言い伝えです

姿を持つものは出てきません。 語られているのは、と、してはいけないことと、その理由です。

曾我兄弟の仇討は、富士の巻狩での出来事として広く語られてきました。

ソガドンの田植が登場する作品

ソガドンの田植を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の民俗学研究会の調査報告です。

曾我兄弟の仇討曾我物語として語り継がれ、歌舞伎や浄瑠璃にも数多く取り上げられました。

ソガドンの田植が登場する調査報告

民俗採訪

國學院大學民俗学研究会の調査報告です。1952年の号に玄倉が載ります。

ソガドンの田植が登場する軍記

曾我物語

曾我兄弟の仇討を語る中世の物語です。

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ソガドンの田植についてよくある質問

ソガドンの田植とは何ですか。

神奈川県山北町で、曾我兄弟の仇討の日に田植えを避けた言い伝えです。

いつの日ですか。

五月二十八日と記録されています。

するとどうなりますか。

血の雨が降ると言われました。

午の日はなぜ嫌うのですか。

馬を植え込む、といって嫌ったと記録されています。

ソガドンの田植と併せて覚えたい言葉・用語

曾我兄弟(そがきょうだい)

父の仇を討ったと伝えられる兄弟です。

午の日(うまのひ)

十二支を日に当てた数え方での馬の日です。

玄倉(くろくら)

神奈川県山北町の、丹沢の山あいにある集落です。

ソガドンの田植の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「ソガドンの田植」