横浜市二俣川に伝わる、人を斬りたがった乱心の殿様。「今日は明石様が通る」と子を戒めた。

明石様とはどんな妖怪か
明石様はひとことで言えば、子どもを家に入れるための名です。神奈川県横浜市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、和田正洲「横浜在郷農家の伝承」(『民俗』通巻4号、1954年、15頁)を典拠に、次のように記します。
昔、明石御前という乱心の殿様がおり、人が切りたくてならなかった。外に出てはいけないと言うのに、遊んでいた猟師の女の子を切った。
以来、「今日は明石様が通るから外に出てはいけない」と言って子供を叱るという。
妖怪ではなく、人です。 しかし、その名は子を戒める言葉として残りました。
いつの時代の話かは記録されていません。
明石様の漢字表記と読み方
読みは「あかしさま」です。記録の本文では「明石御前」とも書かれます。
「様」「御前」は、敬いを表す言い方です。人を斬った者に、敬称が付いています。
恐ろしい相手を、名指しせずに敬って呼ぶという形は各地にあります。呼び方そのものが、恐れの表れです。
明石様(あかしさま)
日文研データベースが示す呼称。
明石御前(あかしごぜん)
記録の本文に出てくる呼び方。
明石様の姿と特徴
明石様は、人として語られます。
身分 … 殿様。
状態 … 乱心。
望み … 人が切りたくてならない。
出来事 … 猟師の女の子を斬った。
その後 … 「今日は明石様が通る」と子を戒める言葉になった。
姿形の記述はありません。年齢も、いつの人かも書かれていません。
明石様の伝承記録
斬られた猟師の子
記録の中心にあるのは、外に出てはいけないと言われながら遊んでいた猟師の女の子が斬られたという出来事です。
言いつけを守らなかった子が犠牲になった、という筋になっています。
その一件があってから、村では「今日は明石様が通る」と言って、子どもを外へ出さないようにしました。
恐ろしい出来事が、そのまま戒めの言葉になっています。
名が、戒めとして残る
この話で長く残ったのは、殿様の名です。
明石様が通る。だから外に出るな。
実際にその殿様がいたかどうかにかかわらず、名は子を家に入れる力を持ちました。
各地には、同じはたらきを持つ言い伝えがあります。夜に口笛を吹くな、日が暮れたら川へ行くな。 危ないことを名前で覚えさせるという形です。
明石様の場合、その名は実在の殿様の名として語られました。
明石様の伝承地域
公的データベースの地域欄は神奈川県横浜市保土ケ谷区、二俣川町を示します。二俣川は現在の旭区にあたります。
場所の名は書かれていないため、地図で指せるのは地区の範囲までです。
二俣川周辺(ふたまたがわしゅうへん)
日文研データベースが示す伝承地域
二俣川周辺の所在地:神奈川県横浜市旭区二俣川
記録は横浜市保土ケ谷区、二俣川町を地域欄に挙げます。二俣川は現在の旭区にあたります。
斬られたとされる場所や道の名は、資料に書かれていません。
明石様の正体と考えられているもの
明石様は、記録の中では人です。乱心した殿様として語られています。
実在したかどうかは記録から判断できません。いつの時代か、どこの領主かも書かれていません。
分かっているのは、その名が村で使われ続けたということです。 子どもを外に出さないための言葉として、「今日は明石様が通る」という一文が残りました。
怪異としてではなく、恐れの記憶として伝えられた名です。
明石様が記録された資料
明石様を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは『民俗』の記事です。
題のとおり、横浜の在郷(郊外の農村)の言い伝えを集めた報告です。市史や区史の民俗編にも同じ型の話が載ることがあります。
明石様が記録された民俗資料
横浜在郷農家の伝承
和田正洲が『民俗』通巻4号(1954年)に載せた中心資料です。
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明石様についてよくある質問
明石様とは何ですか。
横浜市二俣川に伝わる、人を斬りたがった乱心の殿様です。その名が子を戒める言葉として残りました。
妖怪ですか。
記録では人として語られています。怪異として現れるという記述はありません。
どんな言葉で使われたのですか。
「今日は明石様が通るから外に出てはいけない」と言って子供を叱ったと記録されています。
実在した人物ですか。
記録から判断できません。いつの時代の、どこの領主かも書かれていません。
明石様と併せて覚えたい言葉・用語
御前(ごぜん)
敬いを表す呼び方。記録では明石御前と書かれます。
在郷(ざいごう)
町から離れた農村のこと。報告の題に使われています。
二俣川(ふたまたがわ)
記録が示す地域。現在の横浜市旭区にあたります。
明石様の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。