岩手県で、延宝四年の一日だけ甚だしい熱が襲い、病人や鳥が死んだという。
炎熱とはどんな妖怪か
炎熱はひとことで言えば、半日だけ襲った熱です。岩手県の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、西村白鳥「煙霞綺談」(『日本随筆大成第1期』4巻、1975年、243頁)を典拠に、延宝4年5月27日奥州岩城平で、昼九つ時前より八つ過ぎまで炎熱が甚だしく、病人は死に、鳥類も多く死んだ。人々は水に体を浸してようやく助かった。この場所より2里離れた村では、こうしたことが無かったと記します。
延宝四年は1676年です。
「昼九つ時」は正午、「八つ」は午後二時ごろです。二時間ほどの出来事でした。==
二里は約8キロメートルです。
炎熱の漢字表記と読み方
読みは「えんねつ」です。
「昼九つ時」は正午、「八つ」は午後二時ごろです==。
二里は約8キロメートルです。そこでは何も起きませんでした。
「岩城平」は現在の福島県いわき市にあたる地名ですが、公的データベースの地域欄は岩手県を示します==。この図鑑では、その地域欄に従っています。
炎熱(えんねつ)
日文研データベースが示す表記と読み。
煙霞綺談(えんかきだん)
この記録を載せる随筆の名。
炎熱の姿と特徴
この記録に妖怪の姿はありません。あるのは、熱です。
日 … 延宝四年五月二十七日。
場所 … 奥州岩城平。
時間 … 昼九つ時前より八つ過ぎまで。
起きたこと … 炎熱が甚だしく、病人は死に、鳥類も多く死んだ。
しのぎ方 … 人々は水に体を浸してようやく助かった。
及ばなかった場所 … この場所より二里離れた村。
熱の元が何かは書かれていません。
炎熱の伝承記録
正午から二時間
延宝四年(1676年)五月二十七日のことです。
昼九つ時前より八つ過ぎまで、炎熱が甚だしくなりました。
正午から午後二時ごろまで、二時間ほどです。
病人は死に、鳥類も多く死にました。
人々は水に体を浸して、ようやく助かりました。
二里先では何もない
この場所より二里離れた村では、こうしたことがありませんでした。
二里は約8キロメートルです。
すぐ隣の村では、何も起きていません。
その狭さが、ふつうの暑さと違うことを示しています。
熱の元が何かは、記録されていません。
炎熱の伝承地域
公的データベースの地域欄は岩手県を示します。記録は奥州岩城平と記します。
「岩城平」は現在の福島県いわき市にあたる地名ですが、この図鑑では地域欄に従っています。
炎熱の正体と考えられているもの
この熱の元は分かっていません。
二里先では何も起きていないという点が、この記録のいちばんの特徴です。
狭い範囲だけを、二時間ほど襲いました。
火事や噴火の記述もありません。
記録は、起きたことだけを書いています。
この図鑑には魃も収めています。 そちらは、日照りが形をとったものです。
炎熱が登場する作品
この記録は、『煙霞綺談』で読めます。日本随筆大成第1期4巻に収められています。
江戸期の随筆には、天候の異変を書き留めたものが数多くあります。この図鑑には魃も収めています。
炎熱が登場する古典籍
煙霞綺談
西村白鳥による江戸期の随筆。この記録を載せています。
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炎熱についてよくある質問
炎熱とは何ですか。
延宝四年五月二十七日、奥州岩城平で二時間ほど甚だしい熱が襲ったという記録です。
どんな被害がありましたか。
病人は死に、鳥類も多く死んだと記録されています。
どうしのいだのですか。
人々は水に体を浸してようやく助かったとされます。
周辺でも起きたのですか。
二里離れた村では、こうしたことが無かったと記録されています。
炎熱と併せて覚えたい言葉・用語
昼九つ時(ひるここのつどき)
正午にあたる時刻です。
二里(にり)
約8キロメートルです。
煙霞綺談(えんかきだん)
西村白鳥による江戸期の随筆です。
炎熱の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。