茨城県牛久市で、祟りを恐れて誰も開墾しなかった病人田。青年団の役員が数人死んで中止した。

小石川人晃 「観音寺(茨城県牛久市)」 2022年 / CC BY-SA 4.0 出典
薬師堂の跡とはどんな妖怪か
薬師堂の跡は、誰も手を入れなかった田です。茨城県牛久市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、内田清司「稲敷の病人田(忌地)伝説」(『茨城の民俗』茨城民俗学の会、1985年)を典拠に、薬師様の田という病人田があったが、祟りを恐れて誰も開墾しなかった。青年達が、共同で作ろうとしたが、その中の役員が数人死ぬという事故が起き、中止したと記します。
共同でも駄目でした。
一人ではなく青年達が共同で作ろうとしましたが、役員が数人死んで中止しました。
薬師堂の跡の漢字表記と読み方
読みは「やくしどうのあと」です。
「病人田」は、作ると病人が出るとされた田のことです。
「忌地」は、忌み避けられる土地のことです。
「開墾」は、荒れ地を切り開いて田畑にすることです。
この図鑑には森塚(愛媛)も収めています。どちらも手を入れると返ってくる土地の話です。
薬師堂の跡(やくしどうのあと)
日文研データベースが示す呼称。
病人田(びょうにんだ)
記録が示す、この田の呼び名です。
忌地(いみち)
論文名が並べて示す言い方です。
薬師堂の跡の姿と特徴
薬師堂の跡の話は、記録に短く書かれています。
その田 … 薬師様の田という病人田。
なぜ手を入れないか … 祟りを恐れたため。
したこと … 青年達が共同で作ろうとした。
起きたこと … その中の役員が数人死ぬという事故。
その結果 … 中止した。
祟るものの姿は書かれていません。
薬師堂の跡の伝承記録
薬師様の田
薬師様の田という病人田がありました。
名に薬師が付いています。
誰も開墾しない
祟りを恐れて誰も開墾しませんでした。
避けられていました。
青年達が共同で
青年達が、共同で作ろうとしました。
数を頼んでいます。
役員が数人死ぬ
その中の役員が数人死ぬという事故が起き、中止しました。
及んだのは役員でした。
薬師堂の跡の伝承地域
公的データベースの地域欄は茨城県牛久市を示します。
論文名の稲敷は、この地方の呼び名です。
薬師堂の跡の正体と考えられているもの
薬師堂の跡は、手を入れると返ってくるとされた田です。
姿を持つものは出てきません。 語られているのは、誰も作らなかったことと、作ろうとした者に起きたことです。
「病人田」「忌地」という言い方が、同じたぐいの土地が各地にあることを示します。
この図鑑には森塚(愛媛)も収めています。
薬師堂の跡が登場する作品
薬師堂の跡を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは茨城の民俗学の会の雑誌です。
病人田・忌地の話は各地にあり、寺や堂の跡地とされる例が多くあります。
薬師堂の跡が登場する学会誌
茨城の民俗
茨城民俗学の会が出した雑誌です。1985年の号に稲敷の病人田(忌地)伝説が載ります。
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薬師堂の跡についてよくある質問
薬師堂の跡とは何ですか。
茨城県牛久市で、祟りを恐れて誰も開墾しなかった田です。
病人田とは何ですか。
作ると病人が出るとされた田のことです。
青年達はどうなりましたか。
役員が数人死ぬという事故が起き、中止したといいます。
忌地とは何ですか。
忌み避けられる土地のことです。
薬師堂の跡と併せて覚えたい言葉・用語
病人田(びょうにんだ)
作ると病人が出るとされた田です。
忌地(いみち)
忌み避けられる土地のことです。
稲敷(いなしき)
茨城県南部の地方の呼び名です。
薬師堂の跡の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。