茨城県潮来市で、弘法大師が栗の木に自ら彫った像。他家に貸したら両家に災いがかかったという。

小石川人晃 「観音寺の薬師堂(茨城県潮来市)」 2022年 / CC BY-SA 4.0 出典
ワラビ大師とはどんな妖怪か
ワラビ大師は、貸すと災いがかかる像です。茨城県潮来市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、東京学芸大学民俗学研究会「七、信仰」(『海女部落と台地端の村と』東京学芸大学民俗学研究会、1967年)を典拠に、ワラビ大師というのは半兵衛の家で祭っているものである。昔、弘法大師がやって来て、おばあさんに1夜の宿をたのんだ。1夜泊った次の朝に、弘法大師は栗の木で自分の像を彫って毎月21日にはお参りするように頼んでいったので、それ以降、半兵衛の家ではこれを氏神として祭った。昔、1度この像を他家へ貸したことがあったが、両家に災いがかかったので、以降は貸さないと記します。
災いは両方にかかりました。
貸した家にも借りた家にも、両家に災いがかかったのです。
ワラビ大師の漢字表記と読み方
読みは「わらびだいし」です。
「大師」は、弘法大師すなわち空海を指します。
「氏神」は、家や土地でまつる神のことです。
「二十一日」は弘法大師の縁日にあたります。
ワラビ大師(わらびだいし)
日文研データベースが示す呼称。
半兵衛(はんべえ)
記録が示す、この像をまつる家の名です。
ワラビ大師の姿と特徴
ワラビ大師の話は、記録に順を追って書かれています。
まつる家 … 半兵衛の家。
昔来た人 … 弘法大師。
頼んだこと … おばあさんに1夜の宿。
次の朝したこと … 栗の木で自分の像を彫った。
頼んでいったこと … 毎月21日にはお参りするように。
その後 … 半兵衛の家ではこれを氏神として祭った。
一度あったこと … この像を他家へ貸した。
その結果 … 両家に災いがかかった。
以降 … 貸さない。
像の大きさは書かれていません。
ワラビ大師の伝承記録
一夜の宿
昔、弘法大師がやって来て、おばあさんに1夜の宿をたのみました。
求めたのは宿です。
栗の木で彫る
1夜泊った次の朝に、弘法大師は栗の木で自分の像を彫りました。
使ったのは栗の木です。
毎月二十一日
毎月21日にはお参りするように頼んでいったので、それ以降、半兵衛の家ではこれを氏神として祭りました。
決まったのは日取りです。
貸すと災い
昔、1度この像を他家へ貸したことがありましたが、両家に災いがかかったので、以降は貸しません。
動かせないのは像です。
ワラビ大師の伝承地域
公的データベースの地域欄は茨城県、市郡名の欄は潮来市を示します。
報告の書名は海女部落と台地端の村とで、二つの村を調べたものです。
ワラビ大師の正体と考えられているもの
ワラビ大師は、貸すと災いがかかる像です。
姿を変えるものではありません。 語られているのは、誰が彫ったかと、動かすとどうなるかです。
一つの家がまつる氏神でありながら、貸し借りを許さないという点に、この像の性が出ています。
ワラビ大師が登場する作品
ワラビ大師を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは学生の調査報告です。
弘法大師が一夜の宿の礼に像を彫るという話は各地にあり、家の守り神として伝わります。
ワラビ大師が登場する調査報告
海女部落と台地端の村と
東京学芸大学民俗学研究会が1967年に出した報告です。信仰の章に載ります。
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ワラビ大師についてよくある質問
ワラビ大師とは何ですか。
茨城県潮来市の半兵衛の家でまつるという弘法大師の像です。
誰が彫ったのですか。
一夜の宿を借りた弘法大師が、栗の木で自ら彫ったといいます。
いつお参りするのですか。
毎月二十一日にお参りするよう頼んでいったといいます。
他家に貸せますか。
一度貸したところ両家に災いがかかったので、以降は貸さないといいます。
ワラビ大師と併せて覚えたい言葉・用語
弘法大師(こうぼうだいし)
空海のおくり名です。
氏神(うじがみ)
家や土地でまつる神のことです。
潮来市(いたこし)
茨城県南東部の市です。
ワラビ大師の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。