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兵庫県

負け嫌い稲荷(まけぎらいいなり)とはどんな妖怪か|姿と伝承

負け嫌い稲荷  / マケギライイナリ

狐と狸 各地の伝説

兵庫県丹波篠山市で、力士に化けて相撲に勝ち、藩主から幟や絵馬を贈られたという稲荷。

負け嫌い稲荷の姿を描いた図

Saigen Jiro 「篠山城の天守台と堀(兵庫県丹波篠山市北新町)」 2017年 / CC0 出典

負け嫌い稲荷とはどんな妖怪か

負け嫌い稲荷はひとことで言えば、相撲に出た稲荷です。兵庫県丹波篠山市の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、大森惠子狐伝承と稲荷信仰-特に、変化型狐伝承と茶吉尼天信仰を中心にして-」(『日本民俗学』通巻177号、日本民俗学会、1989年、110頁)を典拠に、将軍がごらんになる大相撲で、いつも負けてばかりいた篠山藩の力士たちが、全員勝星ばかりをあげた。篠山藩藩主の青山忠裕が屋敷へ戻ると、力士達はみな国もとに帰ったという。実はその力士達は、国のお稲荷さんたちであった。忠裕公はそれぞれの稲荷にノボリや絵馬を奉納して感謝したと記します。

化けた先が力士です。

人を騙すためではなく、藩の負けを見かねて出ています。 礼として幟と絵馬が返されました。

負け嫌い稲荷の漢字表記と読み方

読みは「まけぎらいいなり」です。

「負け嫌い」は、負けるのを嫌がることです。 負けず嫌いと同じ意味の言い方です。

青山忠裕は篠山藩の藩主で、江戸幕府の老中もつとめた人物です。

稲荷が力士に化ける話はほかにあまり見られません。

負け嫌い稲荷(まけぎらいいなり)

日文研データベースが示す呼称。

お稲荷さん(おいなりさん)

記録の中で用いられている呼び方です。

負け嫌い稲荷の姿と特徴

負け嫌い稲荷の姿は、記録に短く書かれています。

化けた先 … 篠山藩の力士たち。
出た場所 … 将軍がごらんになる大相撲。
したこと … 全員が勝星ばかりをあげた。
そのあと … 藩主が屋敷へ戻ると、力士たちはみな国もとに帰った。
正体 … 国のお稲荷さんたち。
返礼 … ノボリや絵馬の奉納。

何匹いたかは書かれていません。

負け嫌い稲荷の伝承記録

  1. 負けてばかりの力士
  2. 全員が勝った日
  3. 国もとへ帰る
  4. 幟と絵馬

負けてばかりの力士

将軍がごらんになる大相撲で、篠山藩の力士たちはいつも負けてばかりいました。

負けが続いていました。

全員が勝った日

その力士たちが、全員勝星ばかりをあげました。

一人ではなく全員でした。

国もとへ帰る

篠山藩藩主の青山忠裕が屋敷へ戻ると、力士達はみな国もとに帰っていました。実はその力士達は、国のお稲荷さんたちでした。

勝ったあとに姿を消しています。

幟と絵馬

忠裕公はそれぞれの稲荷にノボリや絵馬を奉納して感謝しました。

返されたのは目に見える形の礼でした。

負け嫌い稲荷の伝承地域

公的データベースの地域欄は兵庫県丹波篠山市を示します。

「それぞれの稲荷」と書かれており、領内の複数の社が対象だったことになります。

篠山城跡(ささやまじょうあと)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

篠山城跡の所在地:兵庫県丹波篠山市北新町

報告は日本民俗学会の日本民俗学によります。

篠山藩青山家の居城で、大書院が復元されています。

負け嫌い稲荷の正体と考えられているもの

負け嫌い稲荷は、力士に化けたとされる稲荷です

騙した話ではありません。 勝ったのは藩のためで、藩主は礼を返しています。

残ったのは幟と絵馬という、社に伝わる形でした。

負け嫌い稲荷が登場する作品

負け嫌い稲荷を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは民俗学の学会誌です。

狐が人に化けて助ける話は各地にありますが、力士に化ける形は珍しいものです。

負け嫌い稲荷が登場する学会誌

日本民俗学

日本民俗学会が出した学会誌です。1989年の号に狐伝承と稲荷信仰が載ります。

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負け嫌い稲荷についてよくある質問

負け嫌い稲荷とは何ですか。

兵庫県丹波篠山市で、力士に化けて相撲に勝ったと語られる稲荷です。

なぜ力士に化けたのですか。

篠山藩の力士がいつも負けてばかりいたためと記録されています。

藩主は何をしましたか。

それぞれの稲荷にノボリや絵馬を奉納して感謝したといいます。

青山忠裕とは誰ですか。

篠山藩の藩主で、江戸幕府の老中もつとめた人物です。

負け嫌い稲荷と併せて覚えたい言葉・用語

(のぼり)

細長い布を竿に付けた旗で、社への奉納に用いられます。

絵馬(えま)

願いや礼を書いて社寺に納める板です。

篠山藩(ささやまはん)

丹波にあった藩で、青山家が藩主をつとめました。

負け嫌い稲荷の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「負け嫌い稲荷,力士,お稲荷さん」