群馬県沼田市薄根町で、弘法大師に里芋を惜しんだ老婆のあと、里芋が皆石芋になったという。

石芋とはどんな妖怪か
石芋は、食べられなくなった里芋です。群馬県沼田市薄根町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、土橋里木「奥上州の石に関する伝説」(『旅と伝説』三元社、1935年)を典拠に、弘法大師が諸国行脚中に、薄根村の老婆に里芋を所望したが、老婆は里芋を惜しんで大師に与えなかったので、それ以後里芋は皆石芋になったというと記します。
惜しんだ側に返っています。
変わったのは里芋そのもので、土地の実りが石になりました。
この図鑑には神の遊び木(群馬)も収めています。
石芋の漢字表記と読み方
読みは「いしいも」です。
データベースの呼称欄は「弘法大師,里芋,石芋」と三つを並べています。
「行脚」は、僧が諸国をめぐり歩くことです。
「所望」は、望んで求めることです。
この図鑑には神の遊び木(群馬)も収めています。
石芋(いしいも)
データベースの呼称欄は「弘法大師,里芋,石芋」と示します。
薄根村(うすねむら)
記録が示す村の名です。今の沼田市薄根町にあたります。
石芋の姿と特徴
石芋の話は、記録に短く書かれています。
その人 … 弘法大師。
そのとき … 諸国行脚中。
求めた相手 … 薄根村の老婆。
求めたもの … 里芋。
老婆のしたこと … 里芋を惜しんで大師に与えなかった。
それ以後のこと … 里芋は皆石芋になった。
石芋がどんな見た目かは書かれていません。
石芋の伝承記録
諸国行脚の大師
弘法大師が諸国行脚中に、薄根村の老婆に里芋を所望しました。
求めたのは里芋です。
惜しんで与えない
老婆は里芋を惜しんで大師に与えませんでした。
惜しんだのは一つの芋です。
皆石芋になる
それ以後里芋は皆石芋になったといいます。
変わったのは土地の実りです。
石芋の伝承地域
公的データベースの地域欄は群馬県、市郡名の欄は沼田市、区町村名の欄は薄根町を示します。
記録は薄根村と書いており、今の沼田市薄根町にあたります。
石芋の正体と考えられているもの
石芋は、食べられなくなった里芋です。
動くものではありません。 語られているのは、求められて断ったことと、そのあと畑がどうなったかです。
罰があたるのは一人の老婆にではなく、村じゅうの里芋にです。
この図鑑には神の遊び木(群馬)も収めています。
石芋が登場する作品
石芋を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは戦前の雑誌の報告です。
弘法大師に食べ物を惜しんで作物が実らなくなる話は全国にあり、芋や米、水をめぐって語られます。
石芋が登場する雑誌
旅と伝説
三元社が出した雑誌です。1935年の号に奥上州の石の伝説が載ります。
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石芋についてよくある質問
石芋とは何ですか。
群馬県沼田市薄根町で、食べられなくなったという里芋のことです。
なぜそうなったのですか。
老婆が弘法大師に里芋を惜しんで与えなかったからだといいます。
いつからですか。
それ以後、里芋は皆石芋になったと記録されています。
どこの話ですか。
記録は薄根村としています。今の沼田市薄根町にあたります。
石芋と併せて覚えたい言葉・用語
行脚(あんぎゃ)
僧が諸国をめぐり歩くことです。
所望(しょもう)
望んで求めることです。
沼田市(ぬまたし)
群馬県の北部にある市です。
石芋の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。