岐阜県揖斐川町で、僧が貸した杖によって立てるようになり、そのまま僧になったという話。

僧の杖とはどんな妖怪か
僧の杖はひとことで言えば、置いて帰った車です。岐阜県揖斐郡揖斐川町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、國學院大學民俗学研究会「岐阜県揖斐郡谷汲村」(『民俗採訪』1972年)を典拠に、大正2年頃、いざりがいざり車に乗ってお参りにきたところ、僧が杖を貸してやると立った。それで車はそのまま置いて帰り、紫衣を着て僧侶になったというと記します。
残されたものがあります。
立てるようになった人は、車をそのまま置いて帰りました。 その車が、話の証しになります。
僧の杖の漢字表記と読み方
読みは「そうのつえ」です。
大正二年は西暦一九一三年にあたります。
「紫衣」は、位の高い僧が着ることを許された紫色の衣です。
谷汲村は、いまの揖斐川町の一部です。 谷汲山華厳寺があり、西国三十三所の札所として知られます。
僧の杖(そうのつえ)
日文研データベースが示す呼称。
谷汲の杖(たにぐみのつえ)
報告された地区の名を冠した言い方です。
僧の杖の姿と特徴
僧の杖の話は、記録に短く書かれています。
時 … 大正二年頃。
来た人 … いざり車に乗ってお参りに来た人。
僧のしたこと … 杖を貸した。
起きたこと … 立った。
そのあと … 車はそのまま置いて帰った。
さらにそのあと … 紫衣を着て僧侶になった。
僧の名は書かれていません。
僧の杖の伝承記録
車に乗って参る
大正2年頃、いざり車に乗ってお参りにきた人がいました。
自分では歩けませんでした。
杖を貸す
僧が杖を貸してやると立ちました。
渡したのは杖一本です。
置いて帰った車
それで車はそのまま置いて帰りました。
残ったのは乗ってきた車です。
紫衣を着る
紫衣を着て僧侶になったといいます。
受けた側が僧になるところで終わります。
僧の杖の伝承地域
公的データベースの地域欄は岐阜県揖斐郡揖斐川町を示します。
報告の題にある谷汲村は、二〇〇五年に揖斐川町へ合併しました。
谷汲(たにぐみ)
日文研データベースが示す伝承地域
谷汲の所在地:岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲
報告は國學院大學民俗学研究会の民俗採訪によります。
谷汲山華厳寺があり、西国三十三所の満願の寺として知られます。
僧の杖の正体と考えられているもの
僧の杖は、貸されただけの杖です。
怪しいものが出てくる話ではありません。 語られているのは、立てるようになったという一点と、置いて帰った車です。
受けた人はそのあと、紫衣を着る身になっています。
僧の杖が登場する作品
僧の杖を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは大学の民俗学研究会の調査報告です。
参詣して歩けるようになり、乗り物を寺に残していく話は各地の霊場に伝わります。
僧の杖が登場する調査報告
民俗採訪
國學院大學民俗学研究会の調査報告です。1972年の号に岐阜県揖斐郡谷汲村が載ります。
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僧の杖についてよくある質問
僧の杖とは何ですか。
岐阜県揖斐川町で、僧が貸した杖によって立てるようになったと語られる話です。
いつのことですか。
大正二年頃、西暦一九一三年ごろと記録されています。
車はどうなりましたか。
そのまま置いて帰ったといいます。
その人はどうなりましたか。
紫衣を着て僧侶になったと記録されています。
僧の杖と併せて覚えたい言葉・用語
紫衣(しえ)
位の高い僧が着ることを許された紫色の衣です。
谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)
揖斐川町にある寺。西国三十三所の満願の寺です。
民俗採訪(みんぞくさいほう)
國學院大學民俗学研究会が出す調査報告の名です。
僧の杖の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。