本文へ移動

愛媛県

小塚の鼻(こつかのはな)とはどんな妖怪か|姿と伝承

小塚の鼻  / コツカノハナ

そのほか 各地の伝説

愛媛県今治市大三島町で、夢のお告げで埋めた宝を掘り当てたという岬。

小塚の鼻の姿を描いた図

Saigen Jiro 「大山祇神社の境内(愛媛県今治市大三島町)」 2012年 / CC0 出典

小塚の鼻とはどんな妖怪か

小塚の鼻はひとことで言えば、夢で掘り当てた場所です。愛媛県今治市大三島町の話です。

国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、岡田篤人「宗方」聞書き」(『あゆみ―富郷の民俗―』4号、1963年、34頁)を典拠に、伊予河野氏が敵に追われたとき、越智郡久留村の村上氏と三島水軍が付き従っていたが、一時備後に行き難を逃れた際に三島水軍を埋めて去った。後に漁師となって様子を探りにきた亡命者の1人が、夢を見てこれを掘り当てた。以来、ここを「小塚の鼻」というと記します。

手がかりは夢です。

地図でも、目印でもありません。 夢を見て掘り当てています。

小塚の鼻の漢字表記と読み方

読みは「こつかのはな」です。

鼻は、海に突き出た岬を指す土地の言い方です。 瀬戸内には鼻の付く地名が多くあります。

河野氏は伊予の武家、村上氏は瀬戸内の水軍です。

どれも掘り当てる人が決まっています。

小塚の鼻(こつかのはな)

日文研データベースが示す呼称。

鼻(はな)

海に突き出た岬を指す言い方です。

小塚の鼻の姿と特徴

小塚の鼻に姿はありません。記録にあるのは、埋めたものと、掘り当てた人です。

きっかけ … 伊予河野氏が敵に追われたこと。
付き従った者 … 越智郡久留村の村上氏と三島水軍。
したこと … 一時備後に逃れる際、三島水軍を埋めて去った。
戻ってきた人 … 漁師となって様子を探りにきた亡命者の一人。
手がかり … 夢。
結果 … 掘り当てた。

以来、ここを小塚の鼻といいます。

小塚の鼻の伝承記録

  1. 追われて備後へ逃れる
  2. 漁師として戻る
  3. 夢を見て掘り当てる

追われて備後へ逃れる

伊予河野氏が敵に追われたとき、越智郡久留村の村上氏と三島水軍が付き従っていました。

一時備後に行き難を逃れた際に、三島水軍を埋めて去りました。

漁師として戻る

後に、漁師となって様子を探りにきた亡命者の1人がいました。

武士としてではありません。 漁師の姿で戻っています。

夢を見て掘り当てる

その人が夢を見て、これを掘り当てました。

以来、ここを「小塚の鼻」といいます。

場所の名が、出来事の記憶になっています。

小塚の鼻の伝承地域

公的データベースの地域欄は愛媛県今治市大三島町を示します。

大三島は瀬戸内海のしまなみ海道にあり、大山祇神社で知られます。

大三島町(おおみしまちょう)

日文研データベースが示す伝承地域

地図で開く

大三島町の所在地:愛媛県今治市大三島町

報告は愛媛大学農学部付属農業高等学校郷土研究部の聞書きによります。

瀬戸内海の大三島にあたります。

小塚の鼻の正体と考えられているもの

小塚の鼻は、夢が場所の名になったものです

祟りという語は使われていません。 記されているのは、夢を見て掘り当てたということだけです。

それでも、地名が残りました

この図鑑には埋めた宝の話をほかにも収めています。

小塚の鼻が登場する作品

小塚の鼻を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは調査報告です。

夢で宝の場所を知る話は各地にあり、掘り当てる人があらかじめ決まっている形をとります。この図鑑には埋めた宝の話をほかにも収めています。

小塚の鼻が登場する調査報告

あゆみ―富郷の民俗―

愛媛大学農学部付属農業高等学校郷土研究部の1963年の報告です。

四国の妖怪の本を探す

Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

小塚の鼻についてよくある質問

小塚の鼻とは何ですか。

愛媛県今治市大三島町の岬の名です。

何が埋められましたか。

三島水軍を埋めて去ったと記録されています。

誰が掘り当てましたか。

漁師となって様子を探りにきた亡命者の一人です。

どうやって見つけましたか。

夢を見て掘り当てたとされます。

小塚の鼻と併せて覚えたい言葉・用語

(はな)

海に突き出た岬を指す言い方です。

河野氏(こうのし)

伊予国を治めた中世の武家です。

三島水軍(みしますいぐん)

瀬戸内海で活動した水軍のことです。

小塚の鼻の参考資料

この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。

  1. 国際日本文化研究センター「小塚の鼻」