愛知県名古屋市で、一夜のうちに置かれ、三人でも動かせなかったという大石。

腰懸石とはどんな妖怪か
腰懸石はひとことで言えば、一夜で据えられた石です。愛知県名古屋市の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、笠亭仙果「於路加於比」(『日本随筆大成第2期』20巻、1974年、122頁)を典拠に、嘉永4年8月18日の夜、熱田宿近くの八町縄手にある浜の明神に男が来て石を献上したいと申し出た。それを社人が許可するとその夜に長さ3尺8寸、幅1尺三寸の大石が置かれていた。その石は3人の力では動かなかった。西行腰懸石の立て札も側にあったと記します。
日付と寸法が書かれています。
嘉永四年八月十八日、長さ三尺八寸、幅一尺三寸。 怪しさより記録の細かさが目を引きます。
腰懸石の漢字表記と読み方
読みは「こしかけいし」です。
西行は平安のおわりの歌人で、諸国をめぐったと伝えられます。 各地に西行の腰掛石があります。
三尺八寸はおよそ一メートル十五センチにあたります。
どれも動かせません。
腰懸石(こしかけいし)
日文研データベースが示す呼称。
西行腰懸石(さいぎょうこしかけいし)
立て札に記されていた名です。
腰懸石の姿と特徴
腰懸石の姿は、記録に細かく書かれています。
日付 … 嘉永四年八月十八日の夜。
場所 … 熱田宿近くの八町縄手にある浜の明神。
申し出た人 … 石を献上したいという男。
長さ … 三尺八寸。
幅 … 一尺三寸。
重さの目安 … 三人の力では動かなかった。
立て札には西行腰懸石とありました。
腰懸石の伝承記録
男が献上を申し出る
嘉永4年8月18日の夜、熱田宿近くの八町縄手にある浜の明神に男が来て、石を献上したいと申し出ました。
男が誰かは書かれていません。
一夜で置かれる
社人が許可すると、その夜に長さ3尺8寸、幅1尺三寸の大石が置かれていました。
運んだところを見た人はいません。
朝には据わっていました。
三人でも動かない
その石は、3人の力では動きませんでした。
西行腰懸石の立て札も側にありました。
石だけでなく、名前まで一緒に来ています。
腰懸石の伝承地域
公的データベースの地域欄は愛知県名古屋市瑞穂区を示します。
熱田宿は東海道の宮の宿にあたり、熱田神宮の門前です。
腰懸石の正体と考えられているもの
腰懸石は、由来ごと現れた石です。
祟りという語は使われていません。 記されているのは、置かれていたことと、動かなかったことだけです。
それでも、寸法まで書き残されました。
この図鑑には動かない石の話をほかにも収めています。
腰懸石が登場する作品
腰懸石を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは随筆の叢書です。
西行の腰掛石は各地にあり、旅の歌人の足跡として語られます。この図鑑には動かない石の話をほかにも収めています。
腰懸石が登場する随筆
日本随筆大成第2期
吉川弘文館の叢書です。20巻に於路加於比が収められています。
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腰懸石についてよくある質問
腰懸石とは何ですか。
愛知県名古屋市の浜の明神に一夜で置かれたとされる大石です。
いつのことですか。
嘉永四年八月十八日の夜と記録されています。
どのくらいの大きさですか。
長さ三尺八寸、幅一尺三寸とされます。
動かせましたか。
三人の力では動かなかったと記されています。
腰懸石と併せて覚えたい言葉・用語
西行(さいぎょう)
平安時代末の歌人。諸国をめぐったと伝えられます。
社人(しゃにん)
神社に仕える人のことです。
熱田宿(あつたじゅく)
東海道の宿場。宮の宿とも呼ばれました。
腰懸石の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。