愛知県南知多町で、隣家の全焼を免れたのは日ごろの信心のおかげとされた本尊。

岩屋寺の千手観音とはどんな妖怪か
岩屋寺の千手観音はひとことで言えば、火から守ったとされる本尊です。愛知県知多郡南知多町の話です。
国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースは、山本錠之助「弘法様と岩屋山 四、岩屋山霊験記」(『みなみ』南知多町郷土研究会、1973年)を典拠に、知多郡豊浜町のある男性は、1200年前、海より岩屋の観音様を引き上げ奉った家柄もあって、特に岩屋寺の本尊千手観音は日頃から信仰していた。大正10年旧2月23日隣家から出火全焼したのだが、猛火の飛火も免れ垂木をこがしただけで済んだ。これもひとえに御利益のおかげであろうと記します。
日付まで書かれています。
「大正10年旧2月23日」と、旧暦の日付まで記されています。
岩屋寺の千手観音の漢字表記と読み方
読みは「いわやでらのせんじゅかんのん」です。
「千手観音」は、多くの手を持つ姿であらわされる観音のことです。
「垂木」は、屋根を支えるために斜めに渡す木材です。
「豊浜町」は、いまの南知多町の一部です。
岩屋寺の千手観音(いわやでらのせんじゅかんのん)
日文研データベースが示す呼称は「岩屋寺,千手観音様」です。
岩屋山(いわややま)
岩屋寺の山号で、典拠の論文名にも用いられています。
岩屋寺の千手観音の姿と特徴
岩屋寺の千手観音の話は、記録に短く書かれています。
信仰していた人 … 知多郡豊浜町のある男性。
その家柄 … 千二百年前、海より岩屋の観音様を引き上げ奉った家。
信仰の対象 … 岩屋寺の本尊千手観音。
起きたこと … 大正十年旧二月二十三日、隣家から出火して全焼。
その家 … 猛火の飛火も免れ、垂木をこがしただけで済んだ。
書き手の見立て … ひとえに御利益のおかげ。
観音の姿かたちは書かれていません。
岩屋寺の千手観音の伝承記録
海から上げた家柄
知多郡豊浜町のある男性は、1200年前、海より岩屋の観音様を引き上げ奉った家柄でした。
由緒が海から始まります。
日ごろの信心
特に岩屋寺の本尊千手観音は日頃から信仰していました。
続けていたのは日ごろの行いです。
隣家の全焼
大正10年旧2月23日、隣家から出火し全焼しました。
日付が旧暦で残っています。
垂木をこがしただけ
猛火の飛火も免れ、垂木をこがしただけで済みました。これもひとえに御利益のおかげであろうといいます。
被害は垂木だけでした。
岩屋寺の千手観音の伝承地域
公的データベースの地域欄は愛知県知多郡南知多町を示します。
記録に出る豊浜町は、いまの南知多町の一部です。
岩屋寺(いわやじ)
日文研データベースが示す伝承地域
岩屋寺の所在地:愛知県知多郡南知多町山海
報告は南知多町郷土研究会のみなみによります。
知多半島の南端に近い山中にあり、尾張三十三観音の札所です。
岩屋寺の千手観音の正体と考えられているもの
岩屋寺の千手観音は、火から守ったとされる本尊です。
怪異として語られてはいません。 書かれているのは、信仰と、その結果とみなされた出来事です。
論文名が岩屋山霊験記であることから、同じような話が集められていたと分かります。
岩屋寺の千手観音が登場する作品
岩屋寺の千手観音を単独で扱った本は見当たりません。読めるのは郷土研究会の会誌です。
火事から免れたことを本尊の加護とする話は各地の寺に残ります。
岩屋寺の千手観音が登場する郷土誌
みなみ
南知多町郷土研究会の会誌です。1973年の号に岩屋山霊験記が載ります。
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岩屋寺の千手観音についてよくある質問
岩屋寺の千手観音とは何ですか。
愛知県南知多町の岩屋寺の本尊で、火から守ったと語られる観音です。
いつの出来事ですか。
大正十年の旧二月二十三日と記録されています。
どのくらいの被害でしたか。
隣家は全焼しましたが、その家は垂木をこがしただけで済んだといいます。
豊浜町はどこですか。
いまの愛知県知多郡南知多町の一部です。
岩屋寺の千手観音と併せて覚えたい言葉・用語
千手観音(せんじゅかんのん)
多くの手を持つ姿であらわされる観音です。
垂木(たるき)
屋根を支えるために斜めに渡す木材です。
御利益(ごりやく)
神仏から受けるとされる恵みのことです。
岩屋寺の千手観音の参考資料
この記事は、以下の公的・学術資料をもとに構成しています。